40周年記念企画

09

青森県におけるいもち病の変遷と防除

地方独立行政法人 青森県産業技術センター 農林総合研究所 病虫部 研究管理員

倉内 賢一

1.はじめに

青森県は冷涼な太平洋側の県南地域と、温和な日本海側の津軽地域に大別される。しかし東北の中でも最北に位置し寒冷地であるため、本県の過去の品種は耐冷性・多収がまず第一に求められてきた。その後、食味・品質も重要視されるようになり、さらに減農薬栽培が求められ、近年では直播栽培や疎植栽培も増加するなど、栽培環境が多様化してきている。一方で、米価低迷を受けて多収を目指す農家も増加しており、これらの変遷と同時にいもち病の発生も様変わりしてきた。そこで、本県におけるいもち病の変遷と防除、今後の展望について述べる。

2.品種といもち病の変遷

オリゼメート粒剤は昭和50年度東北防除基準に採用されているが、青森県では遅れて昭和57年に採用している。当時は葉いもち初発が東北他県に比べ遅く、茎葉散布剤による早期発見・早期防除で対応できていたためであるが、極早生「ハマアサヒ」の真性抵抗性崩壊により複数回の茎葉散布でも不十分なため、これに対応すべくオリゼメート粒剤を県防除基準に採用している。しかし、当時は多収でいもち病抵抗性が強い「アキヒカリ」やその後も葉いもちに強い「むつほまれ」が主体であったこともあり、予防粒剤の普及はほとんど見られていない。平成5年に「平成の大冷害」と呼ばれた混合型冷害が発生し東北地域ではいもち病が多発したが、青森県ではいもち病も発生できないほどの冷夏となり作況28を記録した(私が入庁した年であるが、収穫期になっても穂が直立したままのイネを、農家が泣きそうな顔で刈り払っていたのを今でも覚えている)。青森県ではこの年以降いもち病の発生が増加し、平成7年には葉いもち発生面積率39%、穂いもち発生面積率50%を記録する大発生となった。原因は多肥栽培と6月の低温によるイネ体質の低下、早い初発とその後の急速な蔓延、そして8月の長雨による防除適期の逸失が重なったためであった。この翌年から、一部でオリゼメート粒剤が使用されるようになり、平成11年には初めてのいもち病防除箱施用剤であるDr.オリゼ箱粒剤とウィン箱粒剤が県防除基準に採用されている。平成12年にいもち病には弱いが耐冷・良食味である「ゆめあかり」が導入されると、箱施用剤や水面施用剤が同時に急速に普及し始める。とはいえ、当初はこれら予防剤に馴染みが薄く、また天候不順も重なり、結果として防除が不十分な年が続き毎年いもち病が多発した。また収量性も十分でなかったため、「ゆめあかり」は農家の受けも悪く、平成19年にはいもち病に強い「まっしぐら」に置き換わった。平成10年から津軽地域で栽培されている「つがるロマン」とあわせて2品種体制となり現在に至っている。さらに、青森県では食味ランキング「特A」を目指して、新品種の開発に取り組んでいるところであり、新品種も「まっしぐら」同様にいもち病抵抗性が強いことから、安定生産化が可能であるとともに、減農薬栽培などにも利用されるものと思われる。

図1 いもち病発生面積率と予防剤施用面積率(青森県)
注)平年は平成25~16年の平均値。予防剤は箱施用剤、水面施用剤の合計

図2 県内主要品種の変遷

3.防除の現状

(1)予防剤(箱施用剤・水面施用剤)

予防剤の普及には「ゆめあかり」が大きく関わっている。主に県南地域に作付けされた「ゆめあかり」はいもち病抵抗性が弱く被害が多かったが、箱施用剤や水面施用剤などの予防剤を使用した圃場では卓効を示した。そのため急速に予防剤、特に箱施用剤が普及した。この地域では野菜類や落葉果樹も多く、水稲はできるだけ省力したい意向もあるため、いもち病に強い「まっしぐら」に切り替わった平成19年以降も約6割で予防防除が行われている。
一方、津軽地域では「ゆめあかり」作付地域では箱施用剤が増加したが、津軽地域全体では漸増傾向であった。水稲主体の農家が多く、あらかじめコストがかかる予防剤は敬遠されがちであったことや、津軽地域で作付けが多い「つがるロマン」は倒伏しやすいため多肥にできず、いもち病の発生に不適であったことなどによると思われる。その後「ゆめあかり」が「まっしぐら」に置き換わると予防剤の使用は減少した。しかし、平成23年から「つがるロマン」より「まっしぐら」の栽培面積が多くなり、それに連動し津軽地域でも箱施用剤の使用が増加している。これは、「まっしぐら」は耐倒伏性が強いことから、極端な多肥栽培による多収を目指す農家が多くなったためである。いもち病に強い「まっしぐら」ではあるが多肥栽培のため、いもち病が多発することが多くなり、それを抑えるために箱施用剤が増加しているのである。箱施用剤は紋枯病と同時防除できるオリサストロビン箱粒剤が口コミで広がっている。また、施用量も青森県では減量した30g/箱量がほとんどであったが、多収を意識し通常の50g/箱量に戻す農家も出てきている。このような多肥栽培+箱施用による多収栽培は、当然食味にも影響するため県の指導とはかみ合わないが、長年続く米価低迷に対する経営戦略の一つと思われる。

(2)茎葉散布剤(地上防除剤)

本県では長年、主要な防除方法の一つであったが、近年では衰退が目立ち、多口ホース噴頭でDL粉剤を散布する風景も今ではなかなか見かけなくなってきている。茎葉散布剤による葉いもち防除では、注意報が発表された年はやや増加する傾向にあるものの、ここ10年は作付面積の5%前後で推移している。一方、茎葉散布剤による穂いもち防除はかつては主流の防除方法であったが、現在では漸減し作付面積の約3割前後となっている。茎葉散布剤は葉いもち注意報が発表された際など緊急性を要する場合には、すぐに防除が可能な機動性のある防除体系だが、実際には労力的な問題もあり、葉いもちが見られていても穂いもち防除まで我慢し、結局上位葉に病斑が移行して穂いもちを多発させてしまう事例を多く見る。その分を無人ヘリで対応できればよいのだが、実際にはなかなか機動的には運用できていない。今後も、地上防除は労力的な問題や、周辺作物へのドリフトの懸念もあることから減少していくであろうが、それに替わる機動力のある防除方法が見あたらないことは憂慮すべきことである。

(3)航空防除

有人ヘリは広域的に一斉防除が可能であり、かつ非常に省力的でありメリットが大きいのだが、他地域とのスケジュール調整が難しく、かつ散布が天候に左右されやすく防除適期を逃すことも多かった。また、他作物へのドリフト懸念などもあり全国的に減少の一途を辿り、現在ではわずか8道県のみとなっている。青森県では平成15年には県作付面積の20%で実施されていたが、平成25年には県作付面積の3%(実面積1,460ha、延面積4,130ha)にまで減少した。
一方、無人ヘリによる防除は非常に増加し、平成25年には作付面積の55%で実施されており、今や本県の水稲病害虫防除方法の主流といえる。青森県における平成25年の機体数は108機、認定オペレータ数は592人となっており(農林水産航空協会調べ)、機材費は高額であるが省力であり、今後ますます増加していくものと思われる。ただし、散布状況を見てみると、穂いもち防除適期から外れる事例もまだまだ多く見られ、関連する相談をよく受ける。本県は品種構成が単純なため、地域の防除適期が集中し、どうしても散布適期内だけで完了できていないものと思われるが、この傾向は続くと思われ、他地域の無人ヘリの効率的活用や、「Googleマップによる気象予測データを利用した農作物警戒情報」などのIT情報の活用、経済面ではリスクマネジメントを考慮した運用など、弾力性をもった効率的運用体制の構築が必要と思われる。

(4)防除体系の変化

平成25年の県全体の穂いもち防除は作付面積の86%で実施され、防除回数は1.6回となっている。かつての茎葉散布体系(有人・無人ヘリ含む)では、出穂直前にいもち病、紋枯病、殺虫剤の三種混合剤が、穂揃期にはいもち病単剤もしくは混合剤が使用されることが多かった。しかし、斑点米カメムシ類防除対策のため殺虫剤が穂揃期以降に移動するとともに、減農薬栽培や低コスト化による使用成分回数の抑制とが重なり、穂いもち防除も出穂直前+穂揃期ではなく、出穂期に1回で済ませてしまう事例も増えている。この場合、穂いもちを防除しきれないことがある。出穂期間中の1回散布はいずれのタイミングが被害が少ないのか数年間検討したことがあるが、出穂ステージよりは降雨前(つまり感染が成立する前)の散布の方が被害回避できる率が高かった(未発表)。先述した「Googleマップによる…」では予測BLASTAMも判ることから、これを利用することで防除効果の向上が可能と考えている。

(5)耐性菌問題

現在のところ、本県ではMBI-D剤を使用した圃場での防除効果低下は起きておらず、耐性菌は確認されていない。またQoI剤については現在、病害虫防除所とともに調査中であるが、現場での防除効果低下は今のところ報告がない。しかし、先に述べたように、本県でのいもち病箱施用剤は30g/箱量で使用されることが多く、減量施用が耐性菌の発生リスクにどう影響するか今のところ明確な答えは出ていないが、十分な注意と警戒態勢をもって当たらねばなるまい。一方、プロベナゾール剤は国内各地で40年近い使用実績があるが耐性菌は見られておらず特筆に値する。今後も重要な剤の一つであるとともに、耐性菌を出さないための管理剤としての活用も期待している。

4.リスクを考慮した防除体系の選択

現在の本県の主力品種である「まっしぐら」は、従来の品種に比べいもち病に強く、減農薬栽培に向いた品種と言える。一方で農薬を節減した栽培体系は、相応に減収リスクが高まるが、それがどの程度なのか不明なまま現場では減農薬栽培が行われていた。特に本県は中苗が主体であることから、箱施用剤の50g/箱量ではなく30g/箱量に減量する農家が多く、減量した場合のリスクも求められていた。そこで、それぞれの防除体系について、穂いもちの発生条件別に「低い」、「やや低い」、「やや高い」、「高い」の四段階にリスク評価を試みた。2ヶ年の結果から、Dr.オリゼ箱粒剤では、50g/箱量+穂いもち1回防除を組み合わせた場合は、穂いもち少発生条件なら減収リスクは「低く」、中~多発生条件なら「やや低い」であった。一方、50g/箱量のみの場合はややリスクが上昇し、穂いもち少~多発生条件で「やや低い」であった。30g/箱量に減量した場合には少発生条件では「やや低い」が、中発生で「やや高く」、多発生では「高い」とリスクは上昇した。つまり、穂いもちが少発の場合にはどの防除体系でも減収の可能性は低いが、穂いもちが中発生以上になる場合には30g/箱量はかなりリスキーな防除体系であるということが判った。もちろんDr.オリゼ箱粒剤は抵抗性誘導型なので主な効果は葉いもちであるが、それぞれの体系のリスクが判明したことで、リスクを考慮した防除体系が選択可能となった。

5.今後の展望

筆者は前回の30周年記念誌で「本県はいささか急に予防剤が普及したため、箱施用剤と水面施用剤のコスト比較や初期害虫同時防除の必要性などといった経済性や防除体系がおろそかになっている。(中略)最もコストがかからない防除体系にする必要がある。」と書いている。あれから10年を経て箱施用剤や水面施用剤などの経済性や防除体系への対処はかなり補完され、生産者も数ある選択肢のなかの一つとして選べるようになってきた。一方、低コスト化に関しては、米価低迷が一層進み回復の兆しが見えない中で、さらなる低コスト化が求められるようになっている。すでに低コスト化の一環として湛水直播や乾田直播、疎植栽培など様々な栽培体系が現場に入っており今後も増加するであろう。また、生産者も様々な価値観、経営方針のもとに生産しており一様では無くなっている。そのため、今後は様々な栽培環境やリスク管理に応じたいもち病防除体系を構築して行かなくてはならないだろう。

PAGE TOP