40周年記念企画

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プロベナゾールの作用性に関する最新の知見

元 明治製菓(株) 主席研究員

岩田 道顕

明治製菓中央研究所(現Meiji Seika ファルマ横浜研究所)で、オリゼメート製剤の有効成分プロベナゾールが合成されたのは1966年である。それから8年後にはオリゼメート粒剤が農薬登録され、それ以降、多くのオリゼメート製剤が開発されてきた。それらは、主としてイネいもち病に対する的確な防除効果が評価され、広く普及することとなった。その結果、40年を経過した現在も、オリゼメート製剤は日本をはじめとする東アジアの米の安定生産に貢献し続けている。プロベナゾールのいもち病に対する防除メカニズムは、当初よく分からなかったが、研究を重ねるにつれてそれまでの防除剤とは異なるものであることが明らかとなってきた。それは、植物自身が元々持っている自然免疫ともいうべき機能を、病原菌が侵入しようとするときに特異的に増強させ、植物自身の力によって感染を防ぐというものであった。このような作用メカニズムによって実用的に病害を防除する薬剤は、プロベナゾールが世界で初めてであった。プロベナゾールのように実質的な抗菌作用を持たず植物の自然免疫系を増強する薬剤を植物防御活性剤(plant defense activator;一般には、plant activator)と称している。日本ではこれまでに、プロベナゾールを含め4種の植物防御活性剤が農薬登録されてきた(そのうち1種は、登録失効)。日本の医薬業界では、日本発・世界初となる薬剤を開発することが一つの目標とされているが、プロベナゾールは、植物保護分野で日本発・世界初を実現した数少ない薬剤の一つである。最近、患者の自己治療力を利用する医薬品の開発がトレンドになっており、ヒトの自己免疫を強くする高分子抗体医薬が世界で50種近く販売されるまでになっている。40年以上も前に開発されたプロベナゾールが、これら最近の医薬品と類似するような生物の自然免疫系を増強させる作用を持っていたことは、特筆されることである。プロベナゾールのこのような特徴からその作用メカニズム解析研究は、植物の自然免疫や防御応答の仕組みを解析する研究でもある。プロベナゾールの作用メカニズムの詳細については、まだ不明の部分が多いが、これまでの研究で明らかになっている解析結果について、以下に概要を紹介する。

1.病気の成立要因とプロベナゾールの発病抑制原理

植物の病気が成立するためには、単に植物と病原菌とが遭遇するだけではなく、
①病気にかかる体質をもった植物(これを素因という)
②それを侵す病原菌(これを主因という)
③病気の発生に好適な環境条件(これを誘因という)
の3つの要因が十分満たされることが必要である。
植物の病気を防ぐという逆の立場からみれば、これらの“病気の成立要因”の何れかを適度に小さくすることが基本となる。そのため、①を小さくするためには抵抗性品種を導入する、②を小さくするためには殺菌剤を使用する、③を小さくするためには密植・過湿を避ける、など様々な方法が工夫され活用されている。プロベナゾールは、病原菌の密度や数を低減させる殺菌剤とは異なり、植物の自然免疫系を増強して病気にかかりにくくする薬剤である。すなわち殺菌剤の発病抑制原理は“主因”を小さくすることにあるのに対し、プロベナゾールのそれは、“素因”を小さくすることにある。病気の成立要因とプロベナゾールの発病抑制原理の概念を図1に示した。
プロベナゾールのような植物防御活性剤の特徴の一つとして、耐性菌出現の可能性が低いことが挙げられる。一般的に殺菌剤に対する耐性菌は、突然変異によって出現した低感受性の病原菌が、薬剤によって選抜され顕在化したものである。耐性菌が出現すると、薬剤の防除効果が低下することになり、何らかの対策が必要となる。一方、プロベナゾールの防除作用は植物体を介して発現されるので、その過程には、プロベナゾールが病原菌を直接選抜する場面はない。このように、プロベナゾールに対する耐性菌出現の可能性が低いと考えられるのは、殺菌剤とは発病抑制原理が異なるからである。それは図1からも容易に理解できる。実際に、プロベナゾールが40年間にわたって広く使用され続けていても、耐性菌出現の報告例はいまだにないという使用実績がある。なお、耐性菌リスクとプロベナゾールについては、本誌で石井英夫氏が詳述している。

図1 病気の成立に関与する3要因の関係とプロベナゾールの発病抑制の原理
3要因が重なり合う場合のみ発病する。

2.プロベナゾールの作用メカニズムの概略

プロベナゾールで処理された植物は、恒常的に抵抗反応を発現しているわけではない。プロベナゾールで処理された植物の抵抗反応は、病原菌の感染を受けたときに初めてそれに呼応するように開始される。これは、プロベナゾールで処理されたイネは、感染を受けたときに迅速に応答できるように準備された状態となっているからである。このような状態を、“プライミング”状態にあるという(岩田, 2004)。プロベナゾールの作用の基本は、植物に対する“プライミング効果”である。

図2 プライミング効果のイメージ

図2に示したように、プライミング状態にあるイネは、病原菌の侵入を感知すると速やかに抵抗反応を開始し、発病を抑制することができる。プライミングのメカニズムの詳細は不明であるが、プロベナゾールの作用のこの性状により、植物は迅速にかつ効果的に病原菌の侵入に対応することができる。加えて、植物にとって抵抗反応を発現させることは大きな負荷であるが、それを感染時だけに、しかも感染部位だけに限定することができる。プロベナゾールが実用上優れた防除薬剤として存在感を示しているのは、このような特性によるところが大きい。
プロベナゾール処理によりプライミング状態となっているイネで、感染後に発現する抵抗反応は、現象面で見ると主として以下の3点に時系列的に要約することができる(Iwata et al., 1980、Shimura et al., 1983、Sekizawa et al., 1987、Araki and Kurahashi, 1999)(図3)。

図3 プロベナゾールの作用機構の要約

①スーパーオキシドなどの活性酸素種の生成による細胞死の誘導
②ファイトアレキシンや酸化型不飽和脂肪酸などの抗菌性物質の産生
③リグニン化による物理的障壁の形成
これらの反応は、抵抗性遺伝子を保有するイネにいもち病菌が感染するときに観察される“非親和型”の反応と類似している。

3.プロベナゾール処理イネで発現が変動する遺伝子

プロベナゾール処理後にイネがプライミング状態となる過程では、多くの遺伝子が活性化あるいは抑制されていると考えられる。DNAマイクロアレイ解析の手法により、プロベナゾール処理直後(4~168時間後)に発現が変動しているイネの遺伝子を調べた。マイクロアレイは、対象とする生物のほぼ全ての遺伝子の発現を網羅的に解析できる簡便な技術である。解析の結果、プロベナゾール処理直後から非常に多くの数の遺伝子の発現が変動(発現量が増加あるいは減少)していることが観察された。例えば、処理4時間後には既に、416個もの遺伝子の発現が増減していた(この実験では、解析対象総遺伝子数は重複を含めて21,495個)。栽培土へ灌注処理されたプロベナゾールが、根から吸収されマイクロアレイ解析に用いられた葉身部まで移行するまでには一定の時間を要する。このことを考慮に入れると、これは極めて早い応答である。初期に発現が変動している遺伝子の中にプライミングを誘導・制御するキーとなる遺伝子が含まれている可能性がある。
マイクロアレイ解析で得られたデータの中から、プロベナゾール処理8時間後および168時間後に発現が変動していた遺伝子を、推定機能別に分類し比較した(図4)。

図4 プロベナゾール処理後に発現が変動した遺伝子の機能別解析
重複を含む21,495遺伝子の発現を解析。

抗酸化や化学物質の解毒に係る遺伝子群および細胞膜を介して物質の排出・輸送に係る遺伝子群は、処理間もない8時間後では活性化(発現量が増加)されていた。一方で、光合成系に関与する多くの遺伝子の発現は、この時間帯では抑制(発現量が減少)されていた。これは、イネ体内で、植物にとって重要な光合成機能を一時的に抑制して、プロベナゾールという異物を緊急に代謝・排除しようとする“仕分け”が行われていた可能性を示している。また、キナーゼ(蛋白質リン酸化酵素)やカルモジュリン(カルシウム結合蛋白質)などの細胞内・細胞膜情報伝達に係る遺伝子群や、遺伝子の発現を制御する転写因子遺伝子群の発現が変動していた。この変動は、上述の緊急の“仕分け”や、プライミング状態を作り出すために細胞内で進行していた複雑な反応を反映しているのかもしれない。

4.サリチル酸情報伝達系とプロベナゾールの作用点

Meiji Seika ファルマの研究グループや、その他の研究グループの解析により、植物ホルモンの一つであるサリチル酸が、プロベナゾールの防除効果発現に何らかの関わりを持っていることが明らかとなってきた。

4-1. プロベナゾールはサリチル酸の合成を誘導する

Meiji Seika ファルマの研究グループが行ったプロベナゾールで処理されたイネのDNAマイクロアレイ解析では、サリチル酸にグルコースを転移させる酵素(SAGTase;図5)の遺伝子が処理直後から特異的に高発現していることが観察された。そして、RNAi(RNA interference;RNA干渉)の手法により作出したSAGTaseノックダウンイネでは、いもち病に対するプロベナゾールの防除効果が低下した(図6)。また、SAGTaseノックダウンイネでは、元の親イネと比べて多数の遺伝子の発現が影響を受け、活性化あるいは抑制されていることが観察された。このことから、これら影響を受けた遺伝子の何割かがプロベナゾールの防除効果発現に係っている可能性が示唆された。定量的分析実験では、プロベナゾール処理によってイネの総サリチル酸量が増加することも観察された。この場合、グルコースが結合したサリチル酸グルコシド(SAG)の濃度は高くなっていた(図7)が、グルコースが結合していない遊離型サリチル酸の濃度は無処理とほぼ同じレベルであった(Umemura et al., 2009)。総サリチル酸量の増加は、サリチル酸の生合成が促進されていることを示している。このように、サリチル酸やSAG(あるいはSAGTase遺伝子も含めて)がプロベナゾールのいもち病防除効果発現に重要な役割を果たしていることが、明らかとなった。しかし、その仕組みについては未解明であり、今後の研究課題である。
農業生物資源研究所の岩井(現宮城県立大学)らの研究グループは、①プロベナゾールのいもち病防除効果は幼苗(4葉期)では認められないが8葉期のイネで認められ、これが②プロベナゾール処理に応答して誘導されたイネ体内の遊離型サリチル酸の蓄積量増加と符合する、③サリチル酸溶液を直接散布処理した場合の防除効果は8葉期のイネでのみ認められる、ことを観察した。このことから、プロベナゾールの防除効果は、プロベナゾール処理に応答して葉齢依存的に誘導されたイネ体内の遊離型サリチル酸によりもたらされたものであるとした(Iwai et al., 2007)。この研究結果からも、サリチル酸がプロベナゾールの防除効果発現において重要な関わりを持っていることは明らかである。しかし、プロベナゾールはもともと幼苗を用いた感染実験により(防除効果の強弱を基準として)選抜・創製されたものであること、幼苗でもプロベナゾール処理で総サリチル酸量が増加することから、プロベナゾールの防除効果を葉齢に依存したイネのサリチル酸生理システムの変化だけで説明することはできない。

図5 サリチル酸にグルコースが転移される反応

図6 SAGTase/RNAi(SAGTaseノックダウン) イネにおけるプロベナゾールの防除効果
Umemura et al., 2009の図6を改変

329-1などは、SAGTase/RNAiで作出したイネの系統番号。*、**、***は、それぞれの記号間で有意差があることを示す。

図7 プロベナゾール処理後に蓄積したサリチル酸グルコシド(SAG)量
Umemura et al., 2009の図5を改変

4-2. プロベナゾールの作用点はサリチル酸情報伝達系上にある

理化学研究所の山口(2001年当時)らの研究グループは、プロベナゾールに加えその代謝物でいもち病防除効果もあるとされているBIT(1,1-benzisothiazole-3(2H)-one 1,1-dioxide)と、実験用モデル植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の組み合わせで実験を行い、プロベナゾールとBITは①全身獲得抵抗性(systemic acquired resistance;SAR)を誘導することを観察し、さらに、BITは②サリチル酸の合成を誘導する、その防除効果は③サリチル酸を分解する酵素の遺伝子NahGを導入した植物、および④感染特異的蛋白質(PR-1など)の発現を制御しているNPR1因子(サリチル酸の下流に位置する)が変異したnpr1植物では認められない、ことも観察した。このことから、プロベナゾールおよびBITの作用点はSAR情報伝達系(サリチル酸情報伝達系ともいう)上にあり、サリチル酸の合成を誘導するのでサリチル酸より上流にあると推定した(Yoshioka et al., 2001)。イネとアブラナ科植物であるシロイヌナズナでは、病原菌感染時の防御応答や、その情報伝達系が必ずしも同一ではないと考えられるが、プロベナゾールの作用点に関する重要な知見である。
局部的な防御反応のシグナルが全身に伝えられ植物体全体が新たな病原菌の侵害に対して抵抗性となるSARのメカニズムについては、ナス科植物やシロイヌナズナなどのモデル植物を用いて多方面から研究が行われてきた。その結果、サリチル酸が植物体内におけるSARの情報伝達に極めて重要な役割を果たしていることが明らかにされた(Kessmann et al., 1994)。また、プロベナゾールと同様に植物防御活性剤として機能することが知られているベンゾチアジアゾール系薬剤(BTH)の作用点が、SAR情報伝達系上のサリチル酸より下流でしかもNPR1より上流に位置することも明らかにされた(Ryals et al., 1996)。さらに最近シロイヌナズナでは、結合実験の結果からNPR1それ自身がサリチル酸の受容体であると報告されている。その報告では、サリチル酸は銅原子を介して(防御に係っているPR-1遺伝子の発現調節部位を構成している)NPR1に結合することができ、サリチル酸が結合するとNPR1の立体構造に変化が生じ、それにともなってPR-1遺伝子の転写が始まるとしている。また、シロイヌナズナNPR1には、BTHも結合することを観察したとしている(Wu et al., 2012)。
イネNPR1がサリチル酸の受容体となるかどうかについてはまだ報告例はない。シロイヌナズナNPR1でサリチル酸が結合すると考えられる部位のアミノ酸配列は、イネNPR1ではわずかに異なっている。また、イネ体内に蓄積しているサリチル酸濃度はシロイヌナズナよりはるかに高く、感染にともなうサリチル酸蓄積量の増加割合はイネではわずかである。

4-3. イネのサリチル酸情報伝達系におけるWRKY45の役割の発見

農業生物資源研究所の高辻らの研究グループは、BTH処理イネのマイクロアレイ解析研究で得た知見から、イネではシロイヌナズナと異なり、サリチル酸の下流に位置する情報伝達系は転写因子WRKY45経路とNPR1経路に分岐していることを見出した。転写因子とは、DNAの遺伝情報をRNAに写し取る(転写)過程を制御する蛋白質の総称である。また、RNAi により作出したWRKY45ノックダウンイネではBTHの防除効果が低下し、WRKY45遺伝子を過剰発現させたイネはBTHで処理しなくてもそれ自身がいもち病に対し強い抵抗性を示したことから、WRKY45はBTHの防除効果発現に必須の因子であるとした(Shimono et al., 2007)。さらに、WRKY45ノックダウンイネではBTHと同様にプロベナゾールの防除効果も低下したことから、プロベナゾールの防除効果発現も少なくとも部分的にはWRKY45を介していると考えられた(Shimono et al., 2012)。
プロベナゾールと同様に植物防御活性剤として位置付けられているチアジニルの作用点は、その代謝物を用いた実験結果から、SAR情報伝達系上のサリチル酸より下流にあると推定されている(Yasuda et al., 2006)。

4-4. サリチル酸情報伝達系とプロベナゾールの作用点の要約

これまで述べてきた知見を総合すると、イネにおけるサリチル酸情報伝達系(SAR情報伝達系)とプロベナゾールの作用点は、図8のように要約できる。
プロベナゾールで処理されたイネのDNAマイクロアレイ解析の結果では、(無処理-非接種イネを基準として比較すると、重複を含む42,124遺伝子の中で)1,600個を超える遺伝子の発現が上昇あるいは低下していた。また、プロベナゾール処理後にいもち病菌を感染させたイネでは、(無処理-接種イネを基準として比較すると)1,800個を超える遺伝子の発現が変動していた。さらに、プロベナゾールの防除効果が低下したSAGTaseノックダウン(SAGTase/RNAi)イネでは、プロベナゾールで処理したときに、700余りの遺伝子の発現が(プロベナゾールで処理した)元の親イネより増加あるいは減少していた。上述の高辻らは、ノックダウンイネの解析結果から、防御に係ることが明らかとなった転写因子WRKY45は約300個の遺伝子の発現を制御し、NPR1はそれ以上の数の遺伝子の発現を(主に抑制的に)制御していると報告している。プロベナゾールによるプライミング効果の付与および感染応答反応にも、WRKY45のようなキーとなるいくつかの転写因子に制御された多様な遺伝子群が関与していると考えられる。そして、それらの遺伝子群の働きの総和が、防除効果として表現されているものと思われる(図8)。
なお、高辻らは、いもち病菌が感染するときに植物ホルモンの一つであるサイトカイニンが合成され、これがサリチル酸情報伝達系と相乗効果を示すので、この相乗効果が感染時にプライミング効果を顕在化さるメカニズムではないかと考えている(高辻ら, 2008、Jiang et al., 2013)。

図8 イネにおける全身獲得抵抗性(SAR)情報伝達経路とプロベナゾールの推定作用点

4-5. サリチル酸の生合成・代謝経路と全身移行性シグナル物質

サリチル酸は、上述のようにSARやプロベナゾールの防除効果発現に重要な係りを持っていることが明らかとなった。サリチル酸の生合成経路は、タバコやシロイヌナズナなどの双子葉植物で研究が進められ、いくつかの経路が提案されている(Wildermuth et al., 2001)。主要な経路はイソコリスミン酸を経由する系とフェニルアラニンを経由する系である。しかし、サリチル酸の生合成は、植物種で合成経路が異なっていたり、経路が分岐していたりするなど複雑である(Dempsey et al., 2011)。
プロベナゾール処理植物で蓄積するサリチル酸の生合成経路についての研究例がある。Yuらは、シロイヌナズナをプロベナゾールで処理するとイソコリスミン酸合成酵素が活性化されるとともにサリチル酸が蓄積し、イソコリスミン酸合成酵素遺伝子に変異を持つシロイヌナズナでは、それらが認められなくなることを観察した。このことから、プロベナゾール処理シロイヌナズナで蓄積したサリチル酸は、イソコリスミン酸経由で合成されたものであるとした(Yu et al., 2010)。しかし、イネにおけるサリチル酸生合成経路については研究が少なく、双子葉植物と同じなのかあるいは異なるのか、詳細は明らかでない。従って、プロベナゾール処理イネで蓄積するサリチル酸の生合成経路も、シロイヌナズナで報告されたものと同じなのか、あるいはイネ特有の合成系があるのかまだ解明されていない。プロベナゾールに応答するイネ遺伝子を詳細に調べると、サリチル酸生合成経路を推定することができるとともに、キーとなる遺伝子を特定することができるかもしれない。
Klessigらは、サリチル酸メチルがSARの全身移行性シグナル物質であると提唱している。感染局部における防御応答の過程で合成されたサリチル酸がメチル基転移酵素によってサリチル酸メチルに変換され、それが全身に移行し、移行先で再びサリチル酸へと分解されることでシグナルとして機能するというものである(Volt et al., 2008)。プロベナゾールで処理されたイネでも、サリチル酸にメチル基を転移する酵素の遺伝子が高発現していたが、イネでサリチル酸メチルが全身移行性のシグナルとして機能しているのかどうかは不明である。
一方で、SARにおける全身移行性のシグナル物質はサリチル酸メチルではなく、感染応答として合成された9炭素脂肪酸アゼライン酸や脂質で誘導される蛋白質(AZI1、DIR1)であるという説もある(Jung et al., 2009)。
これらの情報を基に、サリチル酸生合成経路(図9)と、SARにおける全身移行性シグナルの概念図(図10)を作成した。

図9 植物におけるサリチル酸の推定生合成・代謝系

反応を触媒する酵素名を青字で示した。サリチル酸メチルは全身移行性のシグナル物質であると提唱されている(Volt et al., 2008)。

図10 全身獲得抵抗性(SAR)と全身移行性シグナルの概念図

サリチル酸メチルは、サリチル酸からメチル基転移酵素の触媒作用で作られる(Volt et al., 2008)。
AZI1(azelaicacidinduced1)とDIR1(defectiveininducedresistance1)は、アゼライン酸と脂質でそれぞれ誘導的に合成される脂質輸送能を持った蛋白質である(Jung et al., 2009)。

5.低温で合成されるアブシジン酸とプロベナゾールの作用

5-1. 感染防御応答はストレス応答性植物ホルモンアブシジン酸で抑制される

Meiji Seika ファルマの研究グループは、イネの感染応答とプロベナゾールの防除作用についての研究を進めている過程で、植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)をイネに散布処理(25ppm)すると葉身に形成される罹病型の病斑数が著しく増加することを発見し、ABAにはいもち病に対する感受性を高める(感染しやすくする)作用があることを見出した。また、ABAは、プロベナゾールや他の植物ホルモンによる病害抵抗性誘導を阻害した。これらのことから、ABAはイネの感染防御応答を抑制する作用を持っていると考えられた(Matsumoto et al., 1980、Iwata et al., 1981、岩田, 2007)。ABAは、主として植物が乾燥や高濃度の塩、低温などの悪条件に置かれたときに合成され機能する環境ストレス応答性の植物ホルモンである。
その後、ABAが他の植物でも病害抵抗性を抑制することが報告されるようになった。現在ではこの現象は、ABAに依存する環境ストレス応答シグナルと、病害防御応答シグナルが互いに拮抗しているためと考えられている(Jiang et al., 2010)。

5-2. プロベナゾールの防除効果は冷害年でも確認された

上述のことから、冷害年のいもち病の甚発生は、植物防御活性剤であるプロベナゾールの防除効果が低温ストレスで誘導的に合成されたABAにより十分発現しなかったためと指摘する研究者もいる。それを支持するかのように、「平成の米騒動」とも言われ260万トンもの米を緊急輸入することになった1993年の冷害の際には、いもち病が大発生した。しかし、ある県のその年の防除担当者の総括会議では、いもち病が多発したのは、①いもち病の発生が極めて少ない年が続いていたので「もう、いもち病は重要な病害ではなくなった」という油断があった、それにともない農家の防除意欲が減退し②予防薬であるプロベナゾール剤はほとんど使用されていなかった、③発生予察に基づいて茎葉散布剤による防除を呼びかけたにもかかわらず防除率はなかなか向上しなかった、ためであるという防除上の問題点が指摘された。そのため、今後の防除方針は、④(プロベナゾール剤を適期に施用した水田ではほとんどいもち病が発生していなかったという発病調査結果から)プロベナゾール剤による一斉防除を基本とし、その後適宜防除を追加することとする、とされた。
冷害年を想定した低温処理試験では、プロベナゾールで処理したイネに形成された病斑の数は標準温度の場合より多くなった。しかし、無処理の病斑数も増加したため、病斑数を基準に算出したプロベナゾールの防除価は標準温度の場合とほぼ同じであった。図11には、仙台市の冷害年であった1981年の気温を参考にして行ったプロベナゾールの低温処理防除試験の結果を示す。この試験でもプロベナゾールは十分に高い防除効果を示していた。このことから低温処理によりイネ体内のABA濃度が増加しいもち病に対する感受性は高くなるが、そのレベルはプロベナゾールの防除価に影響をおよぼす程ではないと考えられる。植物体内のABA濃度は極めて低く、数~数10ng/gとされている。これは、(内生ABA濃度と、散布によって植物体表面に付着した外生ABA量とを、直接比較することはできないものの)上述の散布処理実験で用いたABA水溶液の濃度より約1,000~10,000分の1の低いレベルである。

図11 低温下におけるプロベナゾールのいもち病防除効果

反仙台市の冷害年の気温を想定した低温でイネを栽培し、プロベナゾールの防除効果を評価。低温は仙台市の1981年の気温に設定(昼間温度15~25℃、夜間温度8~17℃)、標準温度は仙台市の平年気温に設定(昼間温度20~29℃、夜間温度10~21℃)。ファイトトロン内でワグネルポット栽培したササニシキに移植46日後にオリゼメート粒剤を水面施用。所定期日後にパンチ付傷法によりいもち病菌を接種。オリゼメート粒剤技術資料(明治製菓,1987)記載のデータから作図。

5-3. サリチル酸シグナル系とABAシグナル系は拮抗関係にある

植物の感染応答がABAで抑制されることは、先に述べた。安田らは、シロイヌナズナでは、SAR情報伝達系はABAによってサリチル酸の上流と下流で抑制されていることを見出した。そしてさらに、ABAの生合成やそのシグナル伝達系は、逆に、サリチル酸によって抑制されていることも見出した(Yasuda et al., 2008、安田・仲下, 2009)。植物ホルモンであるサリチル酸とABAが互いに拮抗的な関係にあることは興味深い。図12に感染応答サリチル酸シグナルとストレス応答ABAシグナル間における拮抗作用の概要を示した。どちらの抑制系が勝るかによって、植物の病害に対する感受性の程度が左右されるものと考えられる。
先に紹介したプロベナゾールで処理されたイネのDNAマイクロアレイ解析結果は、ABAの生合成が抑制されていることを示唆していた。これは、プロベナゾール処理によってサリチル酸が誘導的に合成され蓄積したので、サリチル酸によるABAシグナル抑制のほうが、ABAによるサリチル酸シグナル抑制を上回ったためとも考えられる。
なお、高辻らによれば、いもち病菌自身もABAを生産してイネのサリチル酸シグナル伝達系を抑制し、自らの感染を容易にしている可能性があるという(Jiang et al., 2010)。いもち病菌の巧妙な感染戦略とみることもできよう。しかし、そのような状況下でもプロベナゾールが常に高いいもち病防除効果を示すのは、プロベナゾール処理によって合成されたサリチル酸がABAシグナルをより強く抑制しているからなのかもしれない。

図12 シロイヌナズナにおけるサリチル酸シグナルとアブシジン酸シグナルの拮抗作用

Yasuda et al., 2008 、安田・仲下, 2009を参考に作図。

6.プロベナゾールはファイトアレキシン生合成遺伝子を活性化させる

ファイトアレキシンは、植物の防御応答の結果として新たに植物体内で合成される低分子の感染特異的抗菌性物質である。Meiji Seika ファルマの研究員も参画した「植物防御システム研究所」では、イネの新規ファイトアレキシンとしてファイトカサンA~Eを発見した(Koga et al., 1995)。それまでに報告されていたイネのファイトアレキシンは、モミラクトンA、B、オリザレキシンA~F、S、およびサクラネチンであったので、これによりイネのファイトアレキシンは合わせて15種となった。このうちサクラネチン以外の14種は、ジテルペンに分類される化学構造を有しており、その化学構造からおおよその生合成経路の推定が可能である。古賀らは、ファイトカサン群の発見に続いて、その生合成を誘導するいもち病菌由来のエリシター(セレブロシド)も発見した(Koga et al., 1998)。エリシターとは、ファイトアレキシン生合成など植物の免疫応答を誘導する病原菌由来の物質の総称である。東京大学の山根(現帝京大学)らの研究グループは、このセレブロシドを用いて、イネのジテルペン型ファイトアレキシンの主要な生合成経路とそれに関与する遺伝子を解明した(Ko et al., 2010、Wang et al., 2012)。
プロベナゾールで処理されたイネのDNAマイクロアレイ網羅的解析データから、山根らによって報告された生合成遺伝子の発現情報を抽出し、それをファイトアレキシン生合成経路図上に示した(図13)。ファイトアレキシン合成に対しても、プロベナゾールのプライミング効果が認められた。すなわち、生合成経路上の遺伝子の発現上昇は、プロベナゾール処理だけではほとんど認められなかったが、それにいもち病菌を感染させると、ファイトカサン群とモミラクトン群のそれぞれの生合成につながる遺伝子の発現が上昇していた。ファイトカサン群とモミラクトン群は、いもち病菌分生子に対して、他のファイトアレキシンより強い発芽阻害を示すと報告されている(Koga et al., 1995)。プロベナゾールの防除効果全体の中で、これらのファイトアレキシンの貢献程度を定量的に評価することは困難である。しかし、一般的にファイトアレキシンは病原菌が侵入した細胞に隣接する細胞で合成されるといわれており、イネでは病斑の外周部で濃度が高いことから、ファイトアレキシンは、病原菌の隣接細胞への伸展と病斑の拡大を抑制している可能性がある。

図13 イネにおけるジテルペン型ファイトアレキシンの生合成経路と同定された生合成遺伝子

無処理-いもち病菌接種イネと比較してプロベナゾール処理-いもち病菌接種イネで発現が上昇した遺伝子を赤字で、変動なしを黒字で示した。

6.シグナル伝達分子G蛋白質とプロベナゾールの作用

6-1. 三量体G蛋白質(heterotrimeric G protein)とプロベナゾールの作用発現

植物は、感染シグナルとなる病原菌由来の物質や植物ホルモンなどの細胞外シグナルを認識するものとして、受容体(レセプター)を持っている。受容体で受け取られた細胞外からのシグナルは細胞内で通用するシグナルへと変換され、酵素活性の変化や遺伝子活性化など細胞内の様々な応答(例えば感染に対する応答)へとつなげられていく。細胞外からのシグナルを受けとる装置の一つとして、G蛋白質(GTPが特異的に結合した蛋白質)と協調する受容体(G蛋白質共役受容体;GPCR)が知られている。この受容体蛋白質は、細胞膜を繰り返し貫通して細胞の内外をつないでいる(図14)。これは、多くの生物に共通する装置でもある。

図14 7回細胞膜貫領域を有するG蛋白質共役型受容体と三量体G蛋白質

三量体G蛋白質は、受容体と同調して細胞外からのシグナルを細胞内へ伝える役割を果たしている。受容体が細胞外のシグナルを受け取ると、三量体G蛋白質が活性型に変化し、その情報を次の仲介役である膜結合性効果器分子(エフェクター)に伝える。続いて効果器分子は、細胞内シグナル物質(セカンドメッセンジャー)を活性型に変換し、それが細胞内に拡散することになる。

イネの感染防御応答にG蛋白質とG蛋白質共役受容体が関与している可能性が報告されている(関沢・芳賀, 1989、Sekizawa et al., 1995、Suharsono et al., 2002)。受容体と共役するG蛋白質は、3つのサブユニット(三量体;Gα、Gβ、Gγ)から構成されておりそれぞれ役割分担がある。その中のGαが変異したイネを用いて、プロベナゾールの作用発現とGαの関係について解析した研究がある。
Gα変異イネd1(生長ホルモンジベレリンに対する感受性が低下し矮化しているのでdwarf 1)を用いたいもち病菌接種実験の結果、d1におけるプロベナゾールのいもち病防除効果は、変異していない親イネとほぼ同じであった(図15)。

図15 Gα変異イネd1におけるプロベナゾールのいもち病防除効果

PBZはプロベナゾールを、MSは対照殺菌剤メトミノストロビンを示す。0.1mg/ポットを栽培土に灌注処理。プロベナゾールの防除効果は、d1でPBZ1蛋白質がまだ蓄積していない処理3~4日後(図16参照)に接種した場合でも、親イネと同じレベルである。

このことから、プロベナゾールの防除効果発現にはGαは関与していないと考えられた。しかし、プロベナゾール特異的イネ遺伝子PBZ1(Midoh and Iwata, 1996)の発現が遅延したことから、PBZ1の発現制御についてはGαが関与している可能性が示された(Iwata et al., 2003;図16)。

図16 Gα変異イネd1の葉身にプロベナゾール処理により蓄積したPBZ1蛋白質

Wildは親イネを、MutantはGα変異イネd1を示す。d1では、PBZ1蛋白質は親イネより1日遅れて処理5日後から検出されている。

農業生物資源研究所の小松らも同じようにGα変異イネd1を用いて実験を進め、d1ではいもち病に対するプロベナゾールの防除効果は影響を受けなかったが、細菌病である白葉枯病に対する防除効果が低下したことを観察している。また、PBZ1の発現は蛋白質リン酸化酵素(protein kinase)阻害剤で阻害され、プロベナゾール処理や白葉枯病菌感染後に活性が増大する蛋白質リン酸化酵素MAPK遺伝子の発現が、d1ではPBZ1と同様に遅延することを見出している。このことから、小松らは、プロベナゾール処理や白葉枯病菌感染によるMAPKやPBZ1遺伝子の発現誘導には、Gαが重要な役割を果たしているとしている。また、白葉枯病抵抗性の情報伝達系には、MAPK蛋白質が関与している可能性があるとしている(Komatsu et al., 2004)。
上述の実験では、プロベナゾールのいもち病防除効果発現と、PBZ1遺伝子の発現誘導は必ずしも一致しない結果となっている。さらに、PBZ1遺伝子は、プロベナゾールの代謝物でいもち病防除効果もあるとされているBIT(1,1-benzisothiazole-3(2H)-one 1,1-dioxide)処理では発現誘導されない(Midoh and Iwata, 1997)。もしかしたら、プロベナゾールとその代謝物によるいもち病防除効果発現のシグナル伝達系と、プロベナゾールによるPBZ1遺伝子発現誘導のシグナル伝達系は、分岐しているかあるいは並列しているのかもしれない(図17)。

図17 三量体G蛋白質とプロベナゾールのシグナル伝達に関する仮説

プロベナゾールのいもち病防除効果発現のシグナル伝達系とPBZ1遺伝子発現誘導のシグナル伝達系は、分岐しているかあるいは並列している可能性がある。セレブロシドは、いもち病菌に含まれるエリシターであり(Koga et al., 1998)、PBZ1遺伝子の発現を誘導する(Umemura et al., 2000)。

6-2. 低分子G蛋白質OsRac1はディフェンゾームを形成している

奈良先端科学技術大学院大学の島本らは、防御応答シグナルは、上述の三量体G蛋白質を経て、より分子量の小さなG蛋白質(イネsmall GTPase Rac 1;OsRac1)に伝えられていることを見出した。そして、OsRac1の機能を失わせると、PBZ1遺伝子の発現や活性酸素産生などが認められなくなるので、このOsRac1が自然免疫応答のオン-オフを制御しているスイッチとなる分子種であるとした(Suharsono et al., 2002)。さらに、島本らは、自然免疫応答に係るいくつもの蛋白質がOsRac1を中心として複合体を形成していることを見つけた。この複合体が免疫システムを制御する上で重要な役割を担っていることから、この複合体を“ディフェンゾーム”と名付けた(藤原・島本, 2009;図18)。イネの細胞は、ディフェンゾームを形成することによって、すなわち免疫応答に係る蛋白質が複合体を形成することによって、免疫応答シグナルを迅速にかつ確実に伝えることを可能にしていると思われる。生物の細胞の中は、無数の蛋白質や電解質などが溶け込んだ単なるスープでしかないと思われがちだが、実際には、ディフェンゾームのように機能集団ごとに秩序化された蛋白質複合体が形成されており、それらが結合・解離を繰り返しながら定められた機能を果たすことができるようになっているのかもしれない。

図18 OsRac1を中心とするディフェンゾームと植物免疫制御系のモデル

Suharsono et al., 2002、藤原ら, 2009を参考に作図した。その後の研究により、ディフェンゾームは、①病原菌のエリシターを受容して免疫系を活性化する複合体と、②病原菌の非病原力(avirulence)蛋白質を抵抗性遺伝子が作る受容体で感知して免疫系を活性化する複合体、で構成されていると提唱されている(Shimamoto et al., 2012、Kawano and Shimamoto, 2013)。ここで示した図は、①に相当する。②を含めた詳細は、岩田, 2014を参照のこと。OsRac1は、それぞれの複合体で中核的な役割を果たしている。非病原力(avirulence)蛋白質は、植物の抵抗性遺伝子産物と特異的に対応する病原菌の因子である。非病原力蛋白質は病原菌のレースごとに異なっており、このことにより病原菌は対応する抵抗性遺伝子を持っている植物に感染できない。

6-3. シグナル伝達分子G蛋白質とプロベナゾールの作用

これまでの研究をまとめると、自然免疫応答およびPBZ1遺伝子発現に係る情報伝達系は、“病原菌侵入 → Gα → OsRac1 → PBZ1発現を含む様々な防御応答反応”および “プロベナゾール処理 → Gα → OsRac1 → PBZ1発現”のように描くことができる。しかし、この情報伝達系に、肝心の“プロベナゾール処理 → いもち病防除効果発現”に至る経路を重ね合わせることは、まだ研究情報が不足しており仮説的にしかできない。仮に、図17を図18に重ね合わせると、図19のようになる。

図19 植物免疫制御系のモデルとプロベナゾールのシグナル伝達に関する仮説

7.プロベナゾールで誘導されるPBZ1の機能

7-1. 防御反応が亢進しているイネではPBZ1遺伝子が発現している

PBZ1は、御堂らによってプロベナゾールで処理されたイネで特異的に発現していることが発見された、新規遺伝子である(Midoh and Iwata, 1996)。PBZ1遺伝子はいもち病菌の感染によっても発現が誘導され、この遺伝子から作られるPBZ1蛋白質は、RNAを分解する酵素であるRNaseとアミノ酸配列の相同性がある。この特徴から、PBZ1はPR-10(感染特異的蛋白質10)群に分類されている。PBZ1遺伝子は、防御反応が亢進する非親和性の組み合わせでいもち病菌を接種した時により早く発現することから、PBZ1蛋白質の蓄積はイネで防御反応が進行しているかどうかの指標として多用されている。島本らは、生育ステージが進むと過敏感反応様の細胞死をともなう疑似病斑(lesion mimic)が出現し、それとともにいもち病に対して抵抗性となる変異イネで、lesion mimicの出現とPBZ1遺伝子の発現が相関することを確認している(Takahashi et al., 1999)。

7-2. PBZ1蛋白質は細胞死を誘導する

PBZ1はRNase類似の蛋白質であるが、抵抗性発現におけるその生化学的機能と役割についての研究は少ない。
Kimらは、イネの培養細胞にPBZ1蛋白質を添加すると濃度依存的に細胞死が誘導され、タバコの葉に塗布しても同様のことが観察された、と報告している(Kim et al., 2011)。さらに、PBZ1遺伝子を組換え導入したシロイヌナズナでは、細胞が自滅するように能動的に死亡するアポトーシス(apoptosis;programmed cell death)が観察され、それは、PBZ1蛋白質のRNase活性によるものだとしている。病原菌が侵入したときに過敏感的に細胞死が誘導されることがあるが、これは、典型的な抵抗反応の一つであり、アポトーシスの一種と考えられている。この実験結果から、プロベナゾールの防除効果の一部分は、“プロベナゾール処理 → PBZ1蛋白質誘導 → RNase活性による抵抗性発現”によりもたらされる、と描くことができるのかもしれない。しかし、PBZ1遺伝子は病原菌を感染させなくてもプロベナゾール処理のみで発現誘導されるので、この考え方では、プロベナゾール処理イネではPBZ1蛋白質による細胞死が常時進行していることになる。これでは、先に述べた“プロベナゾールの作用の基本は植物に対するプライミング効果である”を説明できない。プロベナゾール処理のみで発現誘導されるPBZ1蛋白質の濃度は、細胞死を誘導しない程度の低い濃度なのかもしれない。さらに研究が必要である。

8.プロベナゾールによる防除効果は、プロベナゾールが存在するときにのみ発現する

イネに処理されたプロベナゾールは根から吸収され、そのとき展開していた最上位葉の先端に蓄積する傾向がある。一度、プロベナゾールを吸収したイネは、(その後に展開した新しい葉で、もはやプロベナゾールが検出されなくなっても)いつまでもいもち病菌の感染を抑制することができるのか、その疑問に答えるための実験を行った。
プロベナゾール処理7日後のイネ苗を、根部を洗浄して栽培土壌と共にプロベナゾールを洗い流し、移植した。移植17日後にいもち病菌を接種したところ、根部洗浄イネに形成された病斑数は無処理イネとほぼ同じであった(図20)。17日後の根部洗浄イネのプロベナゾール濃度は非検出までは低下していなかったが、非洗浄イネの10分の1以下であった。この結果は、プロベナゾールを吸収したイネは、いつまでもいもち病菌の感染を防ぐ性質を保持し続けるのではなく、プロベナゾールが体内に一定濃度以上存在するときにのみ防除効果を発現することができることを示唆している。プロベナゾールの特徴の一つに、圃場における防除効果の持続性が優れていることが挙げられる。これは、プロベナゾールが、圃場ではある期間持続的にイネに吸収され、いもち病菌の感染対象である上位葉に供給され続けているためであると推測される。

図20 プロベナゾールの防除効果は、プロベナゾールが一定濃度以上存在するときにのみ発現する

第4葉が抽出しているプロベナゾール(PBZ)処理7日後のイネ苗を、根部を洗浄して土壌と共にプロベナゾールを洗い流し、ポットに移植。移植17日後にいもち病菌を接種。第6葉および第7葉に形成された病斑数を計測。対照となる栽培土区は、根部を洗浄しないでそのまま栽培土とともに移植。

9.残された課題

プロベナゾールは、発売から40年間、多くの稲作農家に受け入れられて米の安定生産に貢献してきた。プロベナゾールの特徴として、いもち病に対する卓越した防除効果に加え、耐性菌出現の可能性が低い、広範囲の病害に対して有効である、効果の持続性がある、非標的生物に対する影響が少なく環境負荷軽減が期待される、などを挙げることができる。
プロベナゾールの作用メカニズム解析研究は、発売以来、手さぐり的に継続して進められ、その結果多くの成果が蓄積されてきた。しかし、新しい発見があった反面、未解明のまま残されている課題もある。
未解明の点については本文でもいくつか紹介してきたが、最大の課題は、プロベナゾールの受容体に関する情報が得られていないことである。イネに吸収されたプロベナゾールの作用発現は、プロベナゾールがイネ体内の特定の蛋白質(受容体)と結合するところから始まると考えられる。しかしながら、現在までのところ、受容体を特定するまでには至っていない。もし、受容体を特定することができれば、その遺伝子や受容体の下流につながる情報伝達系について解明研究を進展させることができると思われる。また、プロベナゾールの情報伝達系と、自然免疫応答における情報伝達系の接点も分かってくるに違いない。受容体の遺伝子情報やアミノ酸配列情報から受容体の立体的構造を推定することができるならば、プロベナゾールの化学構造のさらなる最適化とともに新規化学構造の提案が可能となるであろう。近い将来に、これらの課題解決への道筋が見えてくることを期待したい。

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