40周年記念企画

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長野県における水稲病害とプロベナゾールの利用

長野県農業試験場 環境部長

山下 亨

はじめに

水稲栽培においてイネいもち病は、変わらず最も警戒すべき重要病害であり、効果の高い多くの農薬が利用可能な今日においても、作柄に影響するような甚大な被害が、年、地域によって生じている。
葉いもちの発生は梅雨時期の降雨に大きく影響されるが、近年、梅雨時期(入り・明け)が平年と比較して大きくずれ込む年が目立つ。当該年を含めた過去10ケ年の梅雨時期の平年差をもとに標準偏差を算出したところ、近年、梅雨時期の平年差のばらつきが大きくなってきており、特に梅雨明けは2000年以降にその傾向が顕著である(図1)。このことは、葉いもち発生量の年による変動がより大きくなることを意味しており、ことに梅雨明けが遅れる年は、葉いもちの後期進展から穂いもち被害に結びつく可能性が高い。
一方、いもち病の防除においては、茎葉散布剤や水面施薬剤の利用から、長期残効性といわれる苗箱施薬剤を基幹とした防除体系に変遷し、プロベナゾール粒剤をはじめとする苗箱施薬剤は、本県のいもち病防除の基幹薬剤となっている。本稿では主にプロベナゾール苗箱施薬剤のいもち病に対する効果の特性について述べるとともに、もみ枯細菌病への利用の可能性についても言及したい。

図1 梅雨入り・明け時期の平年差の振れ幅
梅雨入り・明け時期(平年差)の当該年を含めた過去10年の標準偏差の推移

本県でのイネいもち病対象苗箱施薬剤の普及状況

いもち病対象の苗箱施薬剤としては、トリシクラゾールが1980年代に既に開発されており、西日本を中心に利用されていた。その後、1990年代後半に長期残効性を謳った苗箱施薬剤としてプロベナゾール粒剤、カルプロパミド箱粒剤が開発され、移植から葉いもちの発生時期まで期間が長い本県をはじめとする東日本でも、安定した効果および省力性から、いもち病防除薬剤の基幹剤として普及されてきた。本県では1997年に県の防除基準に採用され、その後、着実に普及面積が拡大している(図2)。2000年代に入り各地でMBI-D剤耐性いもち病菌の報告が相次いだが、本県でも2005年にMBI-D剤耐性いもち病菌が広範囲に認められるに至った。このため、この年を境に、MBI-D剤からプロベナゾール、チアジニル、イソチアニルといった、いわゆる抵抗性誘導型薬剤への切り替えが急速に進んだ(図3)。現在、県内のおよそ60%前後でいもち病対象の苗箱施薬剤が用いられていると推測され、そのうち、およそ85%が抵抗性誘導型の薬剤となっている(図3)。

図2 プロベナゾール含有苗箱施薬剤の使用面積率の推移(農薬要覧より作図)

図3 いもち病対象苗箱施薬剤の推定使用面積率の推移農薬要覧および全農長野の出荷量から作図

苗箱施薬剤の育苗期の葉いもちに対する効果

いもち病対象の苗箱施薬剤の中で播種時処理のできる薬剤がいくつかあり、省力性や広域的利用がしやすいことから採用している育苗センターが多くなってきている。これらの薬剤の中には、処理時に発生するイネ苗の生育への影響を回避するために、有効成分の溶出制御を行っている薬剤もあり、育苗期間中の葉いもちに対する効果は必ずしも明らかではない。
本県における育苗期の葉いもちの発生は、県内の一部で行われている晩植地帯で稀に認められるのみであったが、近年、春先の高温傾向が頻繁に見られる中で、晩植地帯以外でも問題となることがあり、今後の温暖化を見据える中で、防除意識を高めることが必要となってきている。
そこで、プロベナゾール粒剤(20%)の育苗期間中の葉いもちに対する効果を検討した。その結果、プロベナゾール粒剤は、播種24日後の調査では抑制効果が低かったが、播種36日後の調査では防除効果の上昇傾向が認められた(表1)。これは有効成分の溶出時期と量が影響しているものと推察された。

表1 プロベナゾール粒剤の育苗期における葉いもちに対する効果(2011)

供試品種:「キヌヒカリ」 区制・面積:1区1/2 育苗箱 3反復 播種量:100g/箱
いずれの区も種子消毒済み(イプコナゾール・銅F200倍24時間浸種前浸漬)
いもち病接種:10月26日にいもち病自然感染籾を各区に0.9gずつ散播、その後、ミラシートを被覆して管理
調査:播種24日後には区内の病斑数を、播種36日後には各区500本の苗について病斑の有無を調査し、苗100本当たりの病斑数を求めた

苗箱施薬剤の穂いもちに対する効果

苗箱施薬剤を用いると穂いもちの発生が少なくなるが、穂いもち自体に対する薬効があるのかは気になるところである。そこで、苗箱施薬剤の穂いもちに対する防除効果を暴露試験、接種試験によって検討した。その結果、プロベナゾールをはじめとする抵抗性誘導型の薬剤は、少発生条件下では効果が認められる場合もあるが、中~多発生条件下では効果が期待できないものと考えられた。苗箱施薬剤を用いた際、穂いもちの発生が少なくなるのは、主に感染源である葉いもちの発生を抑制していることに起因するものと考えられ、穂いもちに対する補完防除の要否を判断することが一層重要になってくるものと思われる。

イネもみ枯細菌病とプロベナゾール

イネもみ枯細菌病は代表的な種子伝染性病害であり、育苗期間中には苗腐敗症を、本田では穂枯症を引き起こす。県内においては育苗期の苗腐敗症の発生が問題となっており、これまで種子消毒剤、播種時処理剤等の薬剤防除をはじめ、温度管理を主とする耕種的対策を採ってきているが、年によりゲリラ的に大きな被害が認められている。一方、これまで県内における穂枯症の発生実態は不明であったが、近年、一部地域で穂枯症が散見されており、今後の発生動向を注視している。
苗腐敗症罹病苗を移植した圃場では、出穂期前後の気象条件によっては穂枯症の発生が認められる。また、発病しない場合でも籾が保菌する可能性があるため、採種栽培では問題が大きい。
穂枯症の発生が認められるようになった要因のひとつに、生育期間中の高温傾向によるイネの出穂期の前進化が挙げられる。須坂市の「コシヒカリ」では、1994年以前と比較して5日程度出穂期が早まっている(図4)。

図4 コシヒカリの出穂期の前進(農試作物部、~2012年)
移植は5月4半旬、平年出穂期:過去7年中、最高最低を除く5ケ年平均値縦軸は8月の日付を表す

これは、感染時期である出穂期以降、高温に遭遇する機会(感染リスク)が増加していることを示している。今後、温暖化の進展により穂枯症の感染リスクがより一層高まることが予想されるため、作期をとおして本病の対策を考えていく必要があると考えている。
抵抗性誘導型の薬剤は糸状菌病害のみならず細菌性病害に対しても効果が認められ、プロベナゾールも水稲では白葉枯病、もみ枯細菌病、内頴褐変病に対し適用登録を有している。このため、プロベナゾールをはじめとする抵抗性誘導型薬剤の穂枯症に対する有効性を確認し、防除体系の一つに組み入れようと試験に取り組んでいるところである。しかし、穂枯症に対する効果試験、特に伝染環に沿った適度な発病条件下での試験は簡単ではない。自然発病では評価できるほどの発病が期待できないため、穂ばらみ期にイネ株全体に病原菌液を噴霧し、場合によっては出穂以降ミストをかけるなどして発病を助長させる場合が多い。このような接種法はもみ枯細菌病の伝染環からは大きく逸脱しており、よほど効果の高い薬剤でないと期待する結果は得られない。そこで、潜伏感染苗を本田に移植することで自然感染に近い状況を作り出し、プロベナゾール粒剤(24%)の穂枯症に対する効果を検討した。
同一圃場内に自然感染区と出穂7日前接種区を設け、穂枯症に対するプロベナゾールの効果の違いを検討した結果、自然感染条件下では穂枯症の発病程度は軽微であったが、プロベナゾールの移植当日処理は無処理と比較し、有意に発病が少なくなった。これに対し、出穂7日前接種区では発病度が高く、薬剤の効果も認められなかった(図5)。

図5 接種法の違いによる穂枯症に対する効果(2011)

供試籾:「コシヒカリ」 移植:6月3日 出穂:8月11日
左:自然感染 右:出穂7日前接種
Pro:プロベナゾール移植当日処理 Kas:カスガマイシン液剤8倍液播種時潅注処理
図中の縦棒は標準誤差を示す
発病度の*は角変換後、Dunnetの多重比較により有意差があることを示す(P<0.05)

接種法によって薬剤の評価が異なることはまま経験することであるが、伝染環に沿った自然感染に近い条件を作り上げることがいかに重要であるかが改めて認識された。

本県のいもち病防除薬剤の基幹薬剤として高い評価を得ているプロベナゾールであるが、いもち病防除剤としての位置づけは今後も変わることがないと考える。他方、もみ枯細菌病(穂枯症)等の温暖化の進展により増加すると予想される細菌性病害に対して、より有効な処理法を明らかにしようと模索しているところである。

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