40周年記念企画

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オリゼメート上市40周年記念誌刊行によせて

元 宮城県古川農業試験場長

武田 良和

オリゼメート上市40周年にあたり、まずは謹んでお慶び申し上げます。イネいもち病防除剤には種々の作用機構を持つ多くの製剤がありますが、長年連用しても耐性菌問題を未だに生じないものは、メラニン生合成阻害剤(ヒドロキシナフタレン還元酵素阻害のもの)と病害抵抗性誘導剤(プラントアクチベーター)だけであります。オリゼメートは病害抵抗性誘導剤として世界初の化合物であり、その後40年間の長きにわたり卓越した防除効果を示し、いもち剤の市場シェア第一位の座を40年間も維持していることには驚きを禁じ得ません。その間、直接的な抗菌活性をもつ殺菌剤も病害抵抗誘導剤も種々の新規剤が登場し、さらには市場ニーズに応じた省力的な各種処理技術の普及なども繰り返されましたが、新製剤技術の開発などにより的確に対応しつつ市場シェアを維持してこられたご努力に敬意を表します。
オリゼメート粒剤が上市された当時、私は農薬残留分析に携わっており、ニンニクのエチルチオメトン分析ではジスルフィッド類を分液ロート中で容易に除去できたものの、プロベナゾールではヨウ化メチル誘導体化法を知らず分析を断念したことを思い出しました。また、植物の生理活性物質を研究する有機化学の先生が、営業担当の横尾さんに「プロベナゾール、面白い物を作ったね」と喜んでいたことも思い出します。多感作用物質やファイトアレキシン類の研究者にしてみれば、思いもかけない既知物質近縁の化合物がファイトアレキシン類の生合成を誘導する可能性に、強い興味を持たれたのも当然と思われました。また、大きな合成組織を持たない会社だからこそ、斬新な作用性を示すものを発見できたものと評価されたようにも思いました。

オリゼメート粒剤で航空防除の粒剤体系を推進

宮城県の葉いもち初発は通常7月上旬頃に見られます。オリゼメートが上市された当時は、航空防除では7月中~下旬頃にかけてカスラブサイドゾル、ラブサイドゾルを散布していましたが、1980年に県北部の迫管内でオリゼメート粒剤の広域試験散布が試験され、それまでの航空防除や個人散布(主にヒノザン粉剤、ラブサイド粉剤)に比較して葉いもちの発生を著しく抑制することが分かりました。
宮城県の航空防除は1991年まではいもち病防除の60%以上を占めていましたが、この年の多発を契機に地上防除、航空防除ともに粒剤散布が増加しました。当時の航空防除体系では県南部と北部に差があり、さらに地域によっても、液剤防除体系、「葉いもち」にはオリゼメート粒剤、「穂いもち」は液剤、あるいは「葉いもち・穂いもち」共に粒剤体系と三様に分かれていました。
しかし、オリゼメート粒剤の高い効果が現地で実証されたのちは、オリゼメート粒剤とコラトップ粒剤の粒剤・粒剤体系が次第に増加し、やがて宮城県の航空防除体系の主流になりました。航空防除は1993年頃が最盛期でありましたが、航空防除に対する批判的な世論が高まり、2006年には有人航空防除の実施主体が無くなり、代わりに普及しつつあった無人ヘリコプターによる粒剤防除体系も中止する農協等が次第に増加してきました。加えて、農薬使用成分数や化学肥料施用量の制限が主張されてきたのも、当時の農業・農村を取り巻く社会的情勢でした。
ところが、近年の農業構造変化への動きにより、主体的な経営者による規模の大きな水田経営も増加すると思われ、防除における費用対効果の観点からは、種々の防除方法、防除体系が選択される可能性も窺われます。オリゼメート剤は、あらゆるニーズ、使用方法、使用場面における最適な製剤としての工夫を重ねてきた歴史を持っていますから、今後の防除方法、防除体系等にもよく適合できることを確信しています。

オリゼメート場面最適剤としての経験 殺虫成分とのコラボ

Meiji Seika ファルマ仙台支店技術顧問としての短い経験の中でも、オリゼメート製剤が場面最適剤として評価された事例がありました。他社の新規開発殺虫成分とオリゼメートとの混合箱粒剤が、ユーザーが求める場面に最適だった時の事です。当時、n-アセチルコリン受容体あるいはガンマアミノ酪酸作動性神経に作用する殺虫成分に対して、宮城県内でも感受性低下を疑う相談等がありました。
一方で環境保全に関連したNPO法人等の関与もあり、これら殺虫成分とミツバチやアキアカネ等との関係が話題となっていました。この様な時に、隣り合わせた農協管内における隣接水田間で「ヤゴの抜け殻調査」が実施され、一方に多く他方に少ないとの結果が発表されたのです。
少ないとされた農協は、豊かな緑と清冽な水に恵まれた自然環境と多様で豊かな生物相を管内水田環境の誇りとし、産米の付加価値としていたのだから大きな問題だったのです。ところが、営業担当の五十嵐課長も私も、新規箱粒剤については苗生育への安全性、殺菌・殺虫成分の高活性と持続性、広い殺虫スペクトラム、抵抗性イネドロオイムシにも高効果などを中心考えていたので、農協の意思決定におけるヤゴの役割に対する認識が足りなかったと思います。
この農協での平成22年肥料・農薬展示圃巡回検討会で、新しい商品としての播種時処理可能な箱粒剤の展示圃場で、多忙な五十嵐課長の代わりに「殺虫成分が新規作用機作のものであり、抵抗性初期害虫などにも有効」等と説明しました。ところが、閉会挨拶で農協理事は ≪「環境に優しいはずがアカトンボが殆ど飛んでいない、隣の農協に比べて少ない」と専務が言い始めている。日本(我々)では今まで(農薬に対して)100%の効果を求めてきたような気がする。これからは、効果よりも環境である。本日の巡回でも水田には殆ど生物がいなかった。環境保全米のブランドを維持するために、(また隣接農協に負けないためにも)、環境へのさらなる配慮を望む。抵抗性昆虫の問題もあろうが、効き過ぎては困る。たとえ(対照害虫に対する)効果が少し劣っても、生物多様性を確保できる資材が望まれる≫ と述べたのです。私の不味い説明が営業の足を引っ張ることになったと思いました。
NPO法人等の調査では、LC50等の検討も無く環境影響評価としては必ずしも十分では無いようでしたが、上手に説明しないと隣接農協と同系統の殺虫成分の箱粒剤を「採用」されかねません。この農協には、高効果よりも水生生物に対する安全性をアピールできることの方が重要、という雰囲気がありました。そこで早速、2つの農協がそれぞれに採用していた別個の殺虫成分、そしてオリゼメートに配合された新規殺虫成分、これら成分のヤゴへのLC50を調べました。
既存の2成分に関してはヤゴに対する試験例もあり、特に埼玉県環境科学国際センター報告にはライシメーター試験データが記載されており大変参考になりました。ところが、新規成分に関しては、オオミジンコ以外の水生生物への影響データは極僅かで、国内外の公表資料等からも、ヤゴに関するデータを見つけることは出来ませんでした。ようやく、アメリカ合衆国環境保護局の当該新規成分に関するPesticide Fact Sheet の表11.Freshwater Invertebrate Toxicity Dataに、比較的多くの水生無脊椎動物に対するLC50、EC50データの記載を見つけました。ここにはヤゴに関するデータはありませんでしたが、新規成分に対する受容体タンパク質の遺伝的多型が関係するためか、種名が同じでも影響度に少なからず差異が見られました。そして、カワゲラに対しては既存成分A、Bに比べれば、それぞれ10または100倍程度は影響度が低いと判断でき、新規殺虫成分の水溶解度が低いことも考慮すると、新規箱粒剤のヤゴへの影響度は低く、水田にアキアカネ戻るという期待を抱かせました。
早速、五十嵐課長とともに、県内でビオトープを作り水生生物を無料提供するメダカの郷主宰者を訪問し、翌週には殺虫剤メーカ担当の方を案内して試験を依頼しました。メーカ担当の方は、ここのヤゴによる予備試験から「有望」と判断し、会津山中でアキアカネ幼生のみを採取して本試験を実施しました。その結果、良好な試験成績が得られ、農協のニーズに適合して防除暦に採用されたのです。水稲栽培に必須のオリゼメートと顧客のニーズを満たす殺虫成分とのコラボレーションが、顧客ニーズを満足させ場面最適剤を提供できたものと思います。その後、田んぼの生物調査に参加するとアカトンボが増えたと言われ、実際に少なからずヤゴを確認しています。

日本の農業構造の変化とオリゼメートの対応

さて、現在の水田農業を取り巻く状況は一変しています。イネいもち剤の市場となる日本の農業の現状とコメ消費量、そして農業構造の変化を展望してみたいと思います。そのうえで、これからのいもち病防除剤を考えてみたいと思います。
平成22年の農林業センサスによれば、全国の農業就業人口261万人のうち30歳未満は 3.4%、30~50歳は8.8%、50~65歳25.7%、65歳以上は61.7%であります。コメは国が守るべき主要な食料ですが、農水省食料需給表によれば1人当たり年間の精米消費量(キログラム)は、昭和40年111.7、同60年74.6、平成2年70、平成22年59.5と大きく減少しました。ところで、米国では乳製品等の動物性食品の過剰摂取が問題になり、上院栄養問題特別委員会が食事と健康を調査して、いわゆるマクガバン報告書(1977)にまとめ、食品摂取量と発病に関する調査の結果から日本食を高く評価したことがあります。日本食の元祖、日本の水田農業の将来はどうなるのでしょうか。
昨年12月に発表された新たな農業・農村政策では、産業政策としての農地利用の集積・集約化、米の直接支払交付金や米価変動補填交付金の廃止、需要に応じた主食用米の生産、一方で地域政策としての多面的機能支払の創設が示されました。経営体の生産効率とマーケティング能力を重視し、競争原理の下における需給動向に応じた生産体制の構築を目指すものとなっていますが、主食米自給率には言及しておりません。農業を食材製造ビジネスと捉えて、圃場生産から脱皮し、食品加工部門などを取り込み、付加価値を高め、個々の消費者ウオンツにも応える製品の生産までが求められるという考えが示されています。そして、そのための人材育成が急務とされています。
こうした農業と地域経済の強化は急がれますが、50歳未満の基幹的農業者は農業就業人口の12%を占めるに過ぎません。条件有利な平坦地域でさえ、先端経営の実現は容易でないのです。経営面積が15haを超えると、機械設備を一新しないと対応できません。先端経営への産業政策と、セーフティネットや多面的機能維持等の社会政策との、バランスを保ちつつ農業構造を変革していくことが重要と思います。
予想されたように、綿密な対策を欠いた減反廃止は米価を引き下げ、宮城ひとめぼれの平成26年度概算金は8,400円(前年は11,200円)に急落しました。15ha以上の大きな経営でも9,000円が損益分岐点と思われますが、コメ過剰・低米価の下で利益確保は困難化する傾向で、大規模コメ農家(法人)の経営状況は、兼業小農家以上の苦境にあるわけです。
所得格差の拡大に伴い、コメの消費者層も二極化しつつありますが、富裕層への販売数量を確保~拡大できるか否かが鍵となるとも思われます。上位客筋確保と高品質米多収生産が大規模稲作経営の死命を制する、と言うわけです。農協は地域農業維持のためにも、大規模生産農家(法人)への経済的・技術的支援を強化するべきであり、大規模経営が成立し持続するためには、農協による大規模経営のメリットを活かせるような配慮や販売戦略の工夫が益々必要となっています。一方、大規模経営者としては、存続するためには周辺農家や農協の反発などを受けない様に、説明と調整や説得の能力も重視しなければならないのです。
大規模経営志向や国際化による関税低減圧力が強まるなかで、低コストで省力な生産技術に対する要望が一層強まり、農業資材や農業機械等の価格低減も強く求められています。また、農薬の使用場面でも省力化を求める動きは強く、オリゼメート剤にも移植機械などとの同時作業、肥料と農薬を高精度に溶出制御する製剤、等々の新しい処理技術を加えていく必要があるでしょう。

殺菌剤の主流となる病害抵抗性誘導剤、その新たな展開

他方、長期残効型の育苗箱施用剤(殺虫・殺菌)の使用が普及したことから、宮城県でもイネドロオイムシとイネミズゾウムシは少発傾向を示し、古川農試では現地試験結果から、地域性と発生予察に応じた殺虫成分の減農薬化を提案しています。また、農業生物資源研究所の育成品種「ともほなみ」はゲノム情報を活用した水稲育種によるもので、目的とする遺伝子の正確な位置情報をもとに、食味等必要な遺伝子を残し、陸稲由来のいもち病抵抗性遺伝子だけを導入するデザイン育種の実現性が示されたと発表されました。このように、総合的病害虫・雑草管理(IPM)に関連した技術も、次第に実用性を帯びるようになってきています。
しかし、「一遺伝子支配のいもち病圃場抵抗性品種を一般圃場に導入すると、圃場抵抗性遺伝子に対し強い病原力を獲得したいもち病菌の分布頻度が増加する可能性がある」ことが知られています。そして、宮城大学の本藏良三教授は、ササニシキの真性抵抗性遺伝子型Piaに対して病原性を有するレース037いもち病菌について、レース437への変異と「とりで1号Piz-t」への感染性獲得を報告しています。このようなことからも、いもち病防除の農薬は欠かせないのですが、直接の抗菌活性を主な作用性とする通常の殺菌剤の場合は、殆どが耐性菌問題を乗り越えられません。
今までのところ、耐性菌は偶然に出現した耐性菌個体が集団の中で徐々に優勢化し、育苗箱処理剤で世代交代を繰り返した菌には、殺菌剤による強い淘汰圧がかかるため、優勢化が促進されると考えられています。ところが最近、医薬の抗生物質による多剤耐性菌の発生に関連して、ストレスを受けた細菌が活性酸素種を生成して抗生物質の分解を試み、同時に自身のDNAに影響を与え、自然変異率が高まると言う報告もあります(Molecular Cell vol.37, 2010)。このようなメカニズムが働くとすれば、播種時に直接的殺菌力をもつ薬剤を育苗箱に処理する方法は、耐性菌の出現を一層加速するものと思われます。
日本で同定された植物病原体はウイルスを含めて5000種類以上、そのなかでイネに感染できるものは69種類だと言います。これからの、いもち病防除剤の市場シェアは病害抵抗性誘導剤が主流を占めるものと思われますが、病害抵抗性反応自体の解明も、薬の作用機構の解明も道半ばの状況でありますが、この分野はシーズの宝庫と思います。
病原菌はエフェクターと呼ばれる種々のたんぱく質を分泌し、宿主の抵抗反応を妨害しますが、イネの抵抗性遺伝子の産物に認識されたエフェクターは、非病原力因子と呼ばれ、それに対応してイネの抵抗性が発現する仕組みになっています。菌のエフェクター遺伝子とイネの抵抗性遺伝子の単離、これらの遺伝子による産物の同定、これは病害抵抗性誘導剤開発の中心テーマとなっています。そして、その研究は徐々にですが、確実に進展しています。
植物免疫を活性化する因子として活性酸素種や一酸化窒素が知られていますが、オリゼメートは細胞質におけるサリチル酸量の増加を誘導して、NPR1タンパク質の活性化およびワーキーファミリー転写因子等による転写誘導を増強することが分かっています。インターネットの要約版ですが(Fu et al., Nature, 2012)、シロイヌナズナの研究から病菌の侵入が認識される状況では細胞核のサリチル酸濃度も高まり、NPR1がNPR3と結合することによりNPR1の過敏感反応抑制機能が解除されて、過敏感反応による細胞死が起こるという報告がありました。サリチル酸の受容体たんぱく質により、植物細胞内ではサリチル酸濃度が微妙に制御されているらしいのです。その点で、サリチル酸発現を誘導するオリゼメートは、サリチル酸アナログとして機能する病害抵抗誘導剤よりも、植物の機能に適合しているのかも知れません。
抵抗誘導の作用機構についての研究は、急速に伸展しています。また、活性を示す化合物の枠組みを残したままの構造変換により、受容体との立体配置に適合した3次元配置をもつ多数の合成物から、活性物質をスクリーニングする効率的な方法も開発・実用化されています。このようなことから、病害抵抗誘導剤の分野において、新たな展開が開始されたとも考えられます。
Meiji Seika ファルマ株式会社には病害抵抗誘導の発現機構、微生物発酵研究、さらに天然物由来の創薬などに豊富な研究実績があり、アイディアを活かせる社風があります。病害感染時にのみ速やかに高効果な病害抵抗性を誘導し、かつ殆ど薬害のない新しい骨格の農薬を開発され、これからの農業に大きく貢献されることを期待しています。

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