40周年記念企画

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佐賀県におけるイネいもち病の防除と今後の対応

佐賀県農業技術防除センター 病害虫防除部 部長

山口 純一郎

1.佐賀県におけるいもち病の発生状況等

1)水稲の作付状況

本県の水稲は、主に県北西部を中心に早期、県北部の山間部を中心とした早植え、山麓、平坦部を中心とした普通期でうるちとモチが作付けされている。
現在のうるちの品種は、早期が「コシヒカリ」、普通期が「ヒノヒカリ」や本県独自開発品種である早生の「夢しずく」と高温適応性の高い「さがびより」の3品種がほぼ同程度の面積で栽培されている。一方、モチでは、主に「ヒヨクモチ」が従来から作付けされている。これらは高品質かつ良食味の品種であるが、いずれもいもち病に弱いため、常発地帯での防除対策は栽培技術の中でも重要な位置を占める。

2)発生状況

早期栽培や山間部の早植え栽培地帯においては、葉いもちが6月下旬から7月上旬に発生し始め、普通期栽培の山麓部地帯では7月上旬から中旬に発生し始める。いずれも梅雨期を中心に進展し、梅雨が明けると一旦停滞する。しかし、下葉の病斑は消えることなく、曇雨天が続くと上位葉に進展して穂いもちの発生につながる。
年次別の発生推移において1980年代は発生が停滞していたものの、1993年の冷夏長雨の年に本病が大発生した。その後一時的に減少したものの、2000年の初め頃にMBI-D剤耐性菌の発生が原因と考えられる多発生年が数年続いた。その後、苗いもち多発や発病に好適な気象に伴う多発生年がみられたものの、発生面積は漸減傾向にある(図1)。

図1 佐賀県における葉いもちの年次別発生推移

2.薬剤防除体系

1)長期残効型箱粒剤

本県はウンカ類の多飛来地域であるため、従来からウンカ対象に栽培面積の7~8割で箱粒剤が施用されており、いもち病の発生地帯では、いもち病を対象の薬剤が混合された箱粒剤が使用されてきた。その中で、移植時に施用することにより、その効果が長期に持続する長期残効型箱薬剤の普及が進み、現在ではいもち病ばかりでなく紋枯病、ウンカ、コブノメイガ等水稲病害虫の防除の柱となっている。

2)MBI-D剤、QoI剤耐性菌の発生

いもち病に対する箱粒剤は、それまでのトリシクラゾール箱粒剤から高い防除効果と持続効果を持つ長期残効型箱粒剤であるMBI-D剤(シタロン脱水酵素阻害型メラニン合成阻害剤)のカルプロパミド箱粒剤へ1998年頃から切り替えられ、県内で広く普及した(図2)。

図2 佐賀県における水稲殺菌箱処理剤の流通割合の年次推移

ところが、2001年に県西北部地帯を中心として本箱粒剤を施用したにもかかわらず、葉いもちが多発生し、中にはずりこみ症状を呈する圃場もみられるなど、その効果が著しく低下する現象がみられた。そこで病原菌の薬剤感受性、気象要因、作付け品種、発病苗の持ち込み等各種要因について解析を行った結果、当該地区における多発生はMBI-D剤耐性菌の出現が原因であることが明らかとなった。2002年には、県内のいたる所や九州各県で耐性菌が認められ、その後西日本の各地、東北、北海道でも確認されるなど発生は全国的に拡大している。
MBI-D剤については2003年以降県下全域で使用の自粛を指導し、箱粒剤には耐性菌にも安定した防除効果を示す抵抗性誘導剤を中心とした他系統薬剤の使用を指導した。
その後、他系統薬剤の一つであるQoI剤長期残効型箱剤(嵐箱粒剤)が登録されたが、耐性菌のリスクが高いと考えられため、佐賀県では「県防除の手引き」への掲載を見送った。しかし、一部の地区で連年使用され、他県と同様に2013年に耐性菌の発生が確認された。

3)耐性菌発生後の防除対応

MBI-D耐性いもち病菌の発生は、これまでの長期残効型箱薬剤に頼りすぎた防除体系の問題点を浮き彫りにし、本県でそれまで重要視されてなかった本病の種子伝染対策による初期菌密度抑制を含めた総合的な防除の重要性が再認識された。現在、この伝染環を絶つような防除対策を総合的に指導している(図3)。

図3 いもち病の主な伝染環と防除対策

(1)良質種子の確保

いもち病の伝染環については、近年種子伝染の重要性が認識され、県内においても、種子伝染により同一の個体菌群が維持されていることが明らかとなっている。このように種子はいもち病の第一次伝染源として非常に重要であり、種子での対策を図ることが圃場での発生を抑えることにつながる。
耐性菌の発生当時、本県の種子更新率は低く、自家採取籾を種子として使用している農家もみられた。その後、生産履歴を明確にした「安全・安心な農作物」と「良質・均質な米」の安定生産・安定供給を目指すために、良質種子の安定供給が柱の一つとして進められた。種子更新率も2002年の60%台から13年には90%以上にまで高まっている。さらに、種子生産の場面における品質向上対策として種子消毒の徹底、本田期防除の徹底などによる種子伝染性病害虫防除の推進が図られている。

(2)種子消毒による初期菌密度低下対策

種子伝染のリスクを回避するためには、良質種子の確保に加え、種子消毒を徹底する必要がある。いもち病菌は、種子~育苗期に発生又は潜在感染した苗で本田へ移植とともに持ち込まれ、その後の発生源となることが指摘されており、本県においても状況的ではあるものの確認されている。
種子消毒剤によるいもち病の本田持ち込み抑制効果を検討したところ、慣行の種子消毒剤に苗いもちに効果の高いベノミル(ベンレート)水和剤を混用することで、本田持ち込みが抑制された。このように、種子消毒による本田初期の菌密度の低下が可能であった。ベノミル剤を混用した種子消毒は、県内で種子を生産する一部の地区において、防除暦に掲載され取り組まれている。

(3)箱薬剤による防除(残り苗、圃場外からの飛び込み対策)

本田の伝染源として、前述の苗持ち込みの他に圃場外や移植残り苗からの飛び込みがあり、これらの伝染及び本田での発病抑制に対しては、移植時施用の長期残効型箱処理剤が有効である。前述したとおり長期残効型箱粒剤としては、2001年のMBI-D剤耐性菌確認以降、耐性菌発生リスクが少なく、安定した防除効果を示す抵抗性誘導剤を中心に使用を指導している。
抵抗性誘導剤は従来、プロベナゾール剤(Dr.オリゼ箱粒剤、ビルダープリンス粒剤等)のみであったが、チアジニル剤(ブイゲット粒剤等)、イソチアニル剤(ルーチン粒剤等)も登録されて薬剤の種類と殺虫剤との混合剤の種類が増え、さらに播種時処理などの使用方法も増えて生産現場での適用性が高まり、今や長期残効型箱薬剤の中の主流となっている(図2)。

(4)本田~出穂期の防除対策

いもち病の常発地帯では、本田での散布剤によるいもち病防除が穂ばらみ期~穂揃い期やウンカ等の害虫の防除時期の同時防除としてに無人ヘリコプターや乗用管理機などによって行われる。特に、近年は安全・安心に対応した生産体制が求められる中、生産履歴を明確にするために、集落又はカントリー単位で使用薬剤等の防除体系が統一される傾向にある。
しかしながら、2013年に多発生したトビイロウンカの防除対策において、ミスト散布機の保有率が減少し、個人防除が思うように進まなかった事例もあり、臨機防除の機動性をいかに確保するか等の課題が挙げられる。

4)今後の防除対応

いもち病の防除薬剤して長期残効型箱粒剤が普及し始めて約20年経過した。長期残効型箱粒剤は、いもち病に安定した効果を示す一方で、病原菌への暴露期間が長く耐性菌の発生リスクが非常に高い剤型となることが指摘されている。実際、長期残効型箱粒剤として施用したMBI-D剤、QoI剤の場合は、普及後4~10年で薬剤耐性菌が発生している。一方で、抵抗性誘導剤は以前から普及し、長期残効型箱粒剤として利用されてきたにもかかわらず、耐性菌の発生は今のところ確認されていない。従って抵抗性誘導剤の長期残効型箱粒剤を用いたいもち病防除体系は、今後とも続くと考えられる。
しかし、抵抗性誘導剤が直接的な効果を発揮するのは、今のところ葉いもちであり、多発時には別途穂いもちへの防除が必要な場面も出てくる。そこで、穂いもちまでの安定した防除効果を得るために、良質種子確保や種子消毒の徹底、抵抗性誘導剤の地域全体での使用等の初期菌密度低下対策を組み合わせていくことが重要である。

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