40周年記念企画

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鳥取県におけるイネいもち病の発生状況とオリゼメートの軌跡

鳥取県農林水産部 農業振興戦略監とっとり農業戦略課

長谷川 優

はじめに

イネいもち病は鳥取県においても最重要病害であり、過去に幾度も大発生して著しい被害をもたらしてきた。偶然にもオリゼメート40周年にあたる平成26年は、冷夏長雨等により本病が多発生し、平成15年以来となる警報が発令される年となった。このような状況の中、オリゼメート剤導入地域では高い葉いもち防除効果が発揮され、改めて本剤の卓越した効果を再認識することとなった。筆者は昭和63年から現在に至るまで、いもち病等を対象とした育苗箱施用剤の効果把握試験を行うとともに、発生予察、防除指導等にも携わってきた。ここでは、これまでの経験をもとに、鳥取県におけるイネいもち病の発生状況と育苗箱施用剤を中心としたオリゼメート剤の軌跡について述べる。

イネいもち病の発生状況

平成元年以降の発生状況についてみると、警報が発令された大発生年は平成5年、平成15年および平成26年の3回であるが、その間にも注意報が10回発令されるなど、数年おきに本病の発生が問題となっている(図1)。ただし、平年(過去10年)の発生面積率は、葉いもち24%、穂いもち12%と近年では少発生傾向にあるが年次変動が大きい。また、複雑な地形と変化に富んだ気象条件に加えて育苗箱施用剤の普及状況により、本病の発生は地域によって大きく異なる。さらに、イネの栽培体系も早生種の4月下旬田植から中生種の6月中下旬田植まで多岐にわたり、本病の発生相は一層複雑なものとなっている。栽培品種についてみると、平成5年では‘コシヒカリ’等の弱抵抗性品種の作付割合は3割程度であったが、平成15年では弱抵抗性品種の‘ひとめぼれ’、‘コシヒカリ’の両品種で9割を占め、現在においても同様の傾向が続いている。例年、本病の発生が問題となるのは山間地および一部の中山間地であり、水田面積の約2~3割を占める。平年における葉いもちの病勢進展は、梅雨明けの7月20日頃まで続く。平坦地では梅雨明けとともに病勢が停滞し、またイネの出穂期が夏期の高温期と重なることから、穂いもちの発生は少ない。一方、山間地および一部の中山間地では、葉いもちの終息前に出穂期を迎えることが多く、また出穂期以降も発病に好適な気象条件で経過することから発生相は北日本型に近く、穂いもちの発生も多い。なお、近年では6月以降の田植を中心に、苗いもちが頻発しており、平成26年の大きな発生要因となった。

図1 鳥取県におけるイネいもち病の発生面積率の推移(平成元年~26年)

イネいもち病の防除実態

本病の防除は、まず種子消毒から始まるが、現在では県採種圃の段階で温湯種子消毒が実施され、種子更新率も100%に近い。育苗期の防除については、他病害との同時防除としてベノミル剤による床土消毒やカスガマイシン剤の散布が普及拡大している。葉いもち防除については、各種育苗箱施用剤が全域で普及している。穂いもち防除については、1~2回の粉剤等の散布が行われているが、近年では無人ヘリコプター等による請負防除が3割程度を占めるようになった。なお、以前から兼業化、高齢化等の問題を抱え、防除体制は弱体化しており、緊急時の追加防除は困難な状況にある。

育苗箱施用剤の重要性

直接の被害につながる穂いもちを防ぐためには、まず、伝染源となる葉いもちの防除が重要である。現在の葉いもち防除には、長期間効果が持続する殺虫殺菌成分混合の育苗箱施用剤が全域で普及している。育苗箱施用法は、本田防除に比較して省力的で初期病害虫を効率的に防除できるとともに、環境負荷も少ない防除技術である。本県では、育苗箱施用剤による葉いもち防除の歴史は古く、平成初期には既に7割を超える圃場で使用され、全国的にも高い普及率であった。その中にあって、オリゼメート剤は葉いもち防除の中心的薬剤であり、時代とともに進化してきた。現在の育苗箱施用剤の種類は多く、また発生する病害虫の種類も多いことから、薬剤選択は各種病害虫に対する防除効果、処理時期の幅、価格等を総合的に判断して行われている。しかしながら、葉いもちに対する防除効果が最も重要であることは現在も変わっていない。

育苗箱施用剤の軌跡

1 初期薬剤の普及(中平坦地中心)

昭和58年のイネミズゾウムシの本県侵入を機に、平坦地~中山間地では、殺虫成分と葉いもち対象の各種殺菌成分を含む混合剤が急速に普及した。葉いもち対象の殺菌成分は、イソプロチオラン(商品名:フジワン)、トリシクラゾール(商品名:ビーム)およびプロベナゾール(商品名:オリゼメートアドバンテージ、オリゼメートオンコル)であった。当時のオリゼメート剤の育苗箱施用の効果は、本田粒剤には劣るもののビーム剤に匹敵する効果を示した。実際には登録が早かったビーム剤の普及が先行し、オリゼメート剤は平成に入ってからの普及となった。ビーム剤は平坦地では7月上旬まで葉いもちの発生を抑えることが可能であり、通常年であれば追加防除は不要であった。一方、山間地等のいもち病常発地では、育苗箱施用剤のみでは十分な効果が得られなかったことから、オリゼメート粒剤の本田施用が主体であった。しかしながら、発生を見てから散布されることが多く、毎年のように葉いもちの発生が問題となっていた。なお、本県における各種育苗箱施用剤の効果について、後述の薬剤も含めて図2および図3に示したので参考にしていただきたい。

図2 鳥取県(平坦地)におけるイネいもち病(葉いもち)に対する各種育苗箱施用剤の防除効果(昭和63年~平成23年)
注)防除価は平均値、バーは標準偏差を示す。薬剤名末尾の丸数字は試験例数(中発生以上)を示す。

図3 鳥取県(山間地~中山間地)におけるイネいもち病(葉いもち)に対する各種育苗箱施用剤の防除効果(平成5年~21年)
注)防除価は平均値、バーは標準偏差を示す。薬剤名末尾の丸数字は試験例数(中発生以上)を示す。

このような状況の中で、全国的にいもち病が大発生した平成5年を迎えることとなった。中国管内における発生は本県が最も少なく、中山間地~平坦地では育苗箱施用剤の有効性が示されたが、山間地等のオリゼメート粒剤(本田施用)が主体の地域では葉いもちが大発生した。これを機に、一部の山間常発地では、体系防除「ビーム剤の育苗箱施用+オリゼメート粒剤の本田施用」が行われるようになり、その後の葉いもちの発生は激減した。このように、育苗箱施用剤の導入により追加防除が減り、大幅な低コスト・省力化が図られた。昭和50年代後半~平成10年頃までは、育苗箱施用技術の発展初期であり、その後登場する長期効果持続型の育苗箱施用剤への切り替えに向けた下地作りの時代でもあった。

2 長期効果持続型の育苗箱施用剤の登場

平成3年よりカルプロパミド剤(商品名:ウィン)の試験を開始した。平坦地に位置する農業試験場内の試験では、本剤はビーム剤をはるかに凌ぐ高い葉いもち防除効果を示した。また、本剤は穂いもちに対する直接の効果も確認され、将来のいもち病防除体系が一変することが予想された。一方、ウィン剤に少し遅れてオリゼメート剤の長期効果持続型製剤(24%)(商品名:Dr.オリゼ等)の試験も開始した。両剤はそれぞれ新規の長期残効を有する殺虫成分との混合剤として商品化され、平成10年頃から県下全域で急速に普及し始めた。しかしながら、ウィン剤については、山間地では十分な防除効果が得られないことが判明した。さらに、平成15年にはカルプロパミド耐性菌(MBI-D系統薬剤耐性菌)の発生が顕在化し、その後、本剤の使用は中止されることとなった。当時、メラニン合成阻害剤である本剤の耐性菌発生リスクは低いと考えられており、十分な対策も取られないまま普及拡大した。一方、Dr.オリゼ剤導入地域では、平成15年においても安定した高い葉いもち防除効果が得られた。本剤は現在においても基幹防除剤として位置付けられており、ウィン剤とは対照的な結果となった。Dr.オリゼ剤は有効成分量を低濃度製剤の約7倍にまで増量し、溶出制御等によって薬害発生を回避することに成功し、結果として長期間にわたり高い効果を持続することが可能となった。本剤は製剤改良によって劇的に進化した画期的な薬剤と言える。現在、本剤は5割以上の圃場で普及し、安定栽培に大きく貢献している。その当時にプロベナゾールをあきらめ、新規成分の開発に舵が取られていたなら、今の状況はなかったかもしれない。

3 播種時処理を実現した最初の新薬剤

ウィン剤と同系統薬剤であるジクロシメット剤(商品名:デラウス)が、平成12年に上市された。本剤の特徴は、ウィン剤と同等の高い防除効果を有し、大幅な省力化が図られる播種時処理が可能なことであった。これまでの薬剤処理は手散布が中心であり、田植直前に散布されることが多かった。このため、散布の機械化、労働分散、散布むらの解消等が望まれていた。当時は、播種時処理法に対して否定的な意見が多かったが、将来の中心的な散布技術になると確信して試験を継続した。ところが、本剤はウィン剤と同様に山間地での効果が不十分であることが判明し、さらに、その後のMBI-D系統薬剤耐性菌の発生によって、本剤の播種時処理法の普及は実現できなかった。結果として、Dr.オリゼ剤は播種時処理に対応できなくてもライバル剤の方から消えていった。

4 プロベナゾール剤の播種時製剤実用化の長い道のり

プロベナゾール剤についても播種時処理製剤の開発が進められ、播種時専用製剤(20%)(商品名:Dr.オリゼプリンス粒剤10H)が平成16年に農薬登録された。筆者は大きな期待を寄せたが、本剤は山間常発地の試験において十分な防除効果が得られないことが判明し、平坦地を中心とした普及に留まった。このため、更なる製剤改良が行われ、平成21年に播種時専用の新製剤(20%)(ファーストオリゼプリンス粒剤10等)が登場した。しかしながら、ファーストオリゼ剤は、後述のオリサストロビン粒剤(商品名:嵐)の後発となり、また、紋枯病防除成分も混合されていないことから、現在における本剤の普及は一部の大規模農家等に留まっている。

5 効果と価格のバランスを考慮した各種薬剤

MBI-D系統薬剤耐性菌の発生により、平成16年以降はDr.オリゼ剤が主流となる中で、平坦地~中山間地においては、実用的な葉いもち防除効果が得られ、価格を抑えた各種薬剤が次々に上市され、ウィン剤の代替剤として普及し始めた。薬剤としては、プロベナゾール剤(10%)(商品名:ビルダー、グランドオリゼメート)、チアジニル剤(12%)(商品名:ブイゲット)、ピロキロン剤(12%)(商品名:デジタルコラトップ等)等があげられる。ビルダー剤はDr.オリゼ剤と比較すると、プロベナゾール含有量は半分以下であるが、想定以上の高い防除効果を示した。なお、ブイゲット剤も抵抗性誘導型の薬剤であるが、Dr.オリゼ剤に比較すると防除効果が劣ったため、山間地等での使用は控えられた。一方、コラトップ剤は、耐性菌発生が確認されていないMBI-R系統薬剤であったが、混合された殺虫成分が本県には合わなかった。他にもイソプロチオランとピロキロンを組み合わせた複合剤(商品名:ピカピカ)、ストロビルリン系薬剤であるアゾキシストロビン剤(商品名:アミスター)なども一部で使用された。これらのいもち病防除剤は、様々な殺虫成分さらには紋枯病防除成分との組合せによって多様化し、厳しい競争の時代となった。

6 播種時処理と紋枯病にも効く嵐箱粒剤の軌跡

MBI-D系統薬剤耐性菌の発生により、長期効果持続型の薬剤はDr.オリゼ剤のみとなった。このような状況の中、新規薬剤である嵐箱粒剤の実用化に、現場から大きな期待が寄せられていた。嵐剤の本格的な普及は、播種時処理の適用拡大を受けて平成20年から始まり、JA育苗センター、大規模農家等を中心に急速に拡大した。本剤は苗いもちから場合によっては穂いもちまでの長期残効を有し、また、重要病害である紋枯病にも卓効を示す。さらに、本剤の播種時処理は、省力化、労力分散、防除効果の安定化等が図られることも大きな利点であった。本剤導入地域では、いもち病および紋枯病の発生が激減し、その後も大きな問題はなく経過した。一方、本剤未導入地域では、JA育苗センター等で苗いもちが大発生し、大きな問題となった。近年、温暖化の影響により、苗いもちの発生頻度が高まっており、地域によっては本剤への依存度は高い状況にあった。このように本剤導入のメリットは大きいが、一方では、導入当初から耐性菌の発生が懸念されていた。平成24年に国内で耐性菌発生が確認され、本県においても平成25年に本耐性菌の発生が一部地域で確認された。しかし、発生原因が一部の県外産種子であり、本県採種圃は健全であったことから、平成26年における本剤の使用は継続されることとなった。平成26年は冷夏・長雨により、本剤導入地域では葉いもちが多発生した。しかし、ある程度の発生を想定していたこともあり、迅速な防除対応が行われ、平成15年のような大被害には至らなかった。最終的には、採種圃場においても低率ではあるが耐性菌の発生が確認され、本剤の使用は困難な状況となった。また1剤、オリゼメート剤のライバル剤が消えていくこととなった。

7 播種時処理可能な新たな抵抗性誘導剤の登場

新規の抵抗性誘導剤として、イソチアニル剤(商品名:ルーチン、ツインターボ(殺虫成分含む)、スタウト等)が平成22年に農薬登録された。本剤は播種時~移植当日までの処理が可能であり、早生品種を用いた試験では、Dr.オリゼ剤およびファーストオリゼ剤と同等の高い葉いもち防除効果を示した。また、本剤は複数の殺虫剤さらには紋枯病防除剤と組合せた混合剤が開発されており、病害虫の発生状況に応じた選択が可能となっている。中でも紋枯病に対して播種時処理可能な製剤が平成26年に農薬登録され、ファーストオリゼ剤の大きな脅威となっている。

育苗箱施用剤の今後の展開

1 新薬剤の葉いもちに対する本当の実力

葉いもち防除剤としては、今後はプロベナゾール剤(Dr.オリゼ剤、ファーストオリゼ剤等)および各種イソチアニル剤が中心となり、抵抗性誘導剤一色の状況が続くと考えられる。ただし、葉いもちに対する本当の実力は大発生年に遭遇して初めて分かる。Dr.オリゼ剤は、平成15年および平成26年にその実力が発揮された。ファーストオリゼ剤およびイソチアニル剤については、山間常発地等の試験においても高い防除効果が得られているが、多発生年における評価はこれからである。

2 多様な殺菌殺虫成分の組合せ

現在、前述のいもち病防除成分と複数の殺虫成分さらには紋枯病防除成分との組合せによって、数多くの薬剤が使用可能であり、除草剤と同様に戦国時代ともいえる状況にある。本県では、各種害虫をはじめ紋枯病の防除も重要である。きめ細かな防除対応が困難な状況の中で、現場からは山間地から平坦地までカーバーできる薬剤が求められている。また、JA育苗センター、大規模農家に対しては、播種時処理への対応も重要である。

3 薬剤耐性菌の可能性

MBI-D系統薬剤およびストロビルリン系薬剤の耐性菌発生は、本県においても大きな問題となり、改めて耐性菌リスク管理の重要性を認識させられた。今後の育苗箱施用剤は、長期効果持続型の抵抗性誘導剤が主体となる。プロベナゾール剤は40年間使用されてきたが、耐性菌発生は報告されていない。これまでの薬剤の導入実績、作用機作から考えても、耐性菌が発生する可能性は極めて低いと考えられる。

4 オリゼメート剤への要望

今後、オリゼメート剤をはじめとする抵抗性誘導剤に求めることは、まず苗いもちおよび苗腐敗症(もみ枯細菌病菌)への対応である。本県では温暖化の影響で、育苗期の気温が高い年が多くなっており、上記病害の発生が大きな問題となっている。とくに苗いもち対策は緊急性が高く、平成26年も苗いもち由来の大規模なずり込みが発生し、大きな問題となった。このような状況では、抵抗性誘導剤の効果は低く、再移植や追加防除が必要となる。本県で普及している播種時処理において、ファーストオリゼ剤の安定した効果を得るためにも、他の殺菌成分の混合等による苗いもち対応が求められている。また、ファーストオリゼ剤については、紋枯病の同時防除が可能な製剤の開発も重要である。さらに、今後の防除技術として、種子塗沫等のより省力・効率的な処理法への対応を期待したい。

おわりに

育苗箱施用法は、本県の水稲病害虫対策には欠かせない防除技術であり、今後とも複数の殺虫・殺菌成分を含んだ混合剤が主体となり、高い普及率が維持されると考えられる。これに対しては過剰防除との意見もあろうが、多種類の病害虫が発生する西南暖地においては、現実的な選択であると考えられる。農薬業界も厳しい情勢の中、新剤の開発も少なくなっている。国内努力だけでは困難なものもあるが薬剤耐性(抵抗性)等の問題が発生する前に、既存の薬剤を長く使うための様々な対策を講じることも重要である。オリゼメート剤は、多数のライバル剤と競合する中で、時代とともに着実に進化しながら40年もの長きにわたり、水稲の安定栽培に大きく貢献してきた。本剤は今後もイネいもち病の主力剤であることは間違いなく、50周年に向けて更なる飛躍を期待する。

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