40周年記念企画

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山口県におけるイネいもち病の発生と防除対策について

山口県農林総合技術センター 農業技術部 資源循環研究室 山口県病害虫防除所

角田 佳則

近年、夏の時期には、全国のあちこちで頻繁に集中豪雨による災害や気象記録の更新などの報道が流される。本年も台風や前線の影響によって、各地で豪雨やそれに伴う土砂崩れ等の被害が発生し問題となった。本年の夏、特に8月は記録的な曇雨天続きであり、「平成26年8月豪雨」と命名され歴史に刻まれることになった。山口県を含む九州北部地方の8月の日照時間は、平年比43%と極端に少なく、病害虫の発生についても、例年になく多くの県で葉・穂いもちの注意報や警報が発令される事態となった。こうした頻繁な災害の発生や異常気象については、地球温暖化の影響があるとされており、そのことについては多くの報道がなされている。そのこと自体は首肯できることであるが、我々はともすると自然現象における変化の多くを地球温暖化のせいにしてしまいがちである。例えば、本年は例外となったが、近年はイネいもち病の発生が少なく、現場では異口同音に温暖化が原因で、今後とも発生しないのではないかという意見さえよく耳にしたものである。しかし、一方では農薬が良くなったからという声もあり、私自身そのあたりのことについては、深く考える機会がなかった。そこで、オリゼメート剤の40周年記念誌の原稿作成にあたり、山口県の水稲栽培における病害虫、特にイネいもち病の発生と防除について、病害虫発生予察事業年報等の記録をもとに考察してみた。

先ず地球温暖化の問題については、気象庁のデータでは、明治31年(1898年)以降、我が国の平均気温は100年当り1.1℃の割合で上昇しているとされている。山口県のような田舎でもそれは同様なのか、気象庁の記録データから、特に葉いもちの発生に影響すると考えられる6~7月の気温について、昭和45年から本年まで過去45年間の気象と県内の葉いもちの発生面積率とを比較してみた(図1)。

図1 山口の45年間の6~7月の平均気温と葉いもちの発生面積率の推移

昭和45年からとしたのは、丁度昭和45年前後が稚苗移植技術の普及定着期にあたり、それ以前のデータは栽培方法の違いから比較できないと考えたからである。平均気温については、近似直線から見ると45年間で確かに1℃程度は上昇しており、いもち病の発生に全く影響していないとは言い難いデータである。ただ、県全体の葉いもちの発生面積率との間に相関はなく、図1を見る限りで強いて言えば、多発年は平均気温の低い年が多いと言ってもよさそうかなという程度である。もちろん、葉いもちの発生には温度以外の様々な要因が関与することは常識で、そう単純に解析できることではないから当然のことではある。一方で、図1からは、平成17年以降、最近まで葉いもちの発生が少ないことも見て取れる。では、最近の葉いもちの少ないことは気温の上昇の所以であろうか、このことについて少し別の観点から見てみたい。
昭和45年以降の山口県における水稲のいもち病に対する注意報と警報の発令状況を表1に示す。

表1 山口県におけるいもち病の注意報・警報の発令状況

これを見ると、昭和45年から昭和50年代の中ごろまでは毎年のように葉・穂いもちの注意報や警報が発令されているが、昭和58年頃からは発令の頻度が低下してきている。そしてその後平成の初頭までは発令が少なく、平成3年以降平成10年頃まで再度発令が頻繁になり、平成11年以降は平成16年以外ほとんど発令されていない。このような傾向は葉いもちの発生面積率の推移ともある程度一致している。こうした発生の推移は、一見単なる偶然のばらつきのようにも見えるが、防除薬剤の変遷や薬剤耐性菌の発生と照らし合わせたとき、必然とも思える事象が見えてくる。少し昔の話をすると、筆者が県に奉職したのは昭和55年であるが、その年は記録的な冷夏・長雨で、いもち病の発生は30年以上経た今でも話題に上るほどにすさまじく、衝撃的であった。その当時の防除薬剤は本田の粉剤が中心であったが、特効薬とされたブラストザイジンS剤も十分な効果が得られなかったことを記憶している。しかし丁度その頃から、プロベナゾール(オリゼメート)粒剤やイソプロチオラン粒剤などの新しい本田粒剤・箱粒剤が現場で実証展示されるようになり、昭和55年の大発生の衝撃も影響したのか数年で普及定着することとなった。筆者も普及所の確認圃を担当し、調査を行ったが、これらの剤は当時の慣行剤と比較して効果が高かった。
その後しばらくの間は葉いもちの発生も小康状態であったが、平成3年以降にはまた多発するようになった。平成7年に分かったことであるが、当時県内ではIBP剤やEDDP剤などの防除薬剤で耐性菌が発生しており、特にIBP剤の耐性菌は全域で認められ、菌株率も46.8%と高くなっていた。両薬剤は、日本植物防疫協会のデータベースに記録された出荷量から計算した散布面積では、粉剤と粒剤を合わせて、のべ約40,000ha程度は利用されていたと思われ、発生が多くなった原因の一つにはこのような事情が関与していた可能性も否定できないと考える。さらにその後、平成10年を最後とするように注意報等の発令が少なくなり、いもち病の多発生が認められなくなっていく。特に葉いもちについては徐々に発生ほ場率が減少し平成15~16年頃に一旦上昇するがまた減少する。
では何故平成10年以降はいもち病の発生がそのような推移を示したのか。この点については、本県における長期持続型箱施用剤の普及時期が平成11年頃であったこと関連していると考えられる。過去の県内のいもち病防除剤の出荷量の推移を見ると、図2に示す山口県におけるいもち病防除用粒剤ののべ使用面積に見られるように、平成11年はMBI-D剤であるカルプロパミド剤が一気に増えた年であり、4,600ha分の薬剤が出荷されている。その後本剤は数年で使用量が倍増し、8,000ha以上で利用されるようになった。しかし本剤については、平成16年には薬剤耐性菌の発生が確認され、発生ほ場率が77.3%と非常に高かったことから、関係機関と協議し使用を中止した。平成15年には注意報は出ていないが、葉いもちの発生ほ場率は52.3%と高く、16年には57.3%で穂いもちの注意報が発令されている。当時のいもち病の多発生は、薬剤耐性菌の発生と関連性が高いと考えられる。そしてその後は、いもち病の発生は少なくなり、最近まで葉いもちの発生ほ場率が10%台を超えることはなかった。

図2 山口県におけるいもち病防除用粒剤ののべ使用面積(ha)

注1)本田使用剤は10a当たりの最低使用量で計算した。
注2)プロベナゾール剤、ピロキロン剤などの単剤は本田使用剤として計算した。
注3)IBP剤等一部の薬剤はいもち病防除以外に使用されたものも含まれる。

その背景には、オリゼメート粒剤が平成10年以降Dr.オリゼ箱粒剤として販売が始まったこと、また平成16年から新たな抵抗性誘導剤としてチアジニル剤が販売されるようになったこと、さらに平成10年前後から販売が始まった新しいタイプの殺菌剤であるストロビルリン系剤(QoI剤)が徐々にシェアを伸ばし、中でも平成19年に導入されたオリサストロビン箱粒剤は導入後数年のうちに5,000ha以上で利用されるようになったことなどが挙げられる。平成10年以降に導入された薬剤は、薬剤耐性菌が発生するまではいずれも効果が高く、特に長期持続型の製剤は筆者らの試験でも見かけ上は70日以上(実際は2か月程度か)の残効性を有していた。このため、施用された殆どのほ場で高い効果を示し、連年のいもち病の発生を抑制したと考えられる。
ただし、ここ最近については、状況に陰りが見られるようになってきている。平成24年に県内でQoI剤感受性遺伝子変異いもち病菌が発見され、その発生ほ場率は62%にも達していたからである。平成24年頃から徐々に葉いもちの発生ほ場率が増加しているのはそのためかもしれない。このように見ていくと、いもち病(特に葉いもち)の県域全体での発生には、気象変動の影響を否定するわけではないが、それ以上に薬剤のシェアとその効果が大きく影響すると考えざるを得ないのである。
以上のように考えると、近年いもち病の発生が少ないのは薬剤の効果が高いからであり、ひとたび薬剤耐性菌の発生などの事態が生じれば、いつでも発生面積の増加が起こるのではないかという懸念を抱かざるを得ない。過去の教訓から、今後の水稲における病害虫防除を安定的なものにしていくためには、薬剤の使用方法について栽培暦の見直しなどを含め、新たな対応が必要になると思われる。
これまで述べたように、優秀な薬剤を長期にわたって使い続けることができなかった原因は、作用機構について深く考えず、効果が高いからと同一あるいは同系統の薬剤を広範囲で連続して使用したことにあると考えられる。しかしながら、この問題を解決するのは容易ではない。農薬のユーザーである栽培者は、効果の高い薬剤があると聞けば、誰しも自分も使いたいと欲し、それを止めることはできないからである。では、いもち病の今後の防除にどう対応するのか、筆者なりの思いを述べてみたい。
状況を改善するための一つの手段としては、FRACやIRACなどの農薬の作用機構分類の普及が挙げられる。この手法は農薬の連続使用による薬剤耐性菌や薬剤抵抗性害虫の出現を避けるための有効なツールと考えており、平成25年から本県の農作物病害虫・雑草防除指導基準に掲載しているが、未だ定着しているとは言えず、今後様々な機会に紹介し普及を図っていく必要がある。また、栽培暦の作成に当たっては、FRACの分類の基本である作用機構を理解した上で、地域の実情に合った薬剤の選択を行うことが望ましい。たとえば、少し具体的なことを言えば、抵抗性誘導剤の有効利用を図ってはどうだろうか。抵抗性誘導剤はその性質上、病原菌体に直接作用しないことから治療的効果はなく、薬剤のキレという点ではメラニン生合成阻害剤(MBI剤)やストロビルリン系剤(QoI剤)に比べるべくもないが、薬剤耐性を生じていない点で優れている。いもち病の近年の増加傾向は、キレの良い箱処理一発剤を求めた挙句の現象とも考えられ、防除体系を見直すべき時にきているのかもしれない。
冒頭にも書いたが、本年は山口県下も大変な日照不足と多雨に見舞われ、8月上旬の巡回調査では葉いもちの発生ほ場率が29.1%となり、平年を大きく上回ったため、8月8日に穂いもちの注意報を発令した。その後も8月終わりまで不順天候が続いたが、幸いなことに葉いもちの発生ほ場率は37.1%までしか増加しなかった。この発生程度は同様の情報を発令した周辺県と比べても少ない数値となった。この要因としては、情報発令後の防除が適切に行われたこともあると思われるが、8月上旬時点のほ場率を30%程度で抑えていたことの意味は大きいと考える。本県の場合は、平成24年にQoI剤の耐性菌株が見つかって以来、関係機関・団体と協議の上で同系統剤の使用を止めており、箱施用剤や本田剤にこれらを使わず、抵抗性誘導剤などの他系統剤に切り替えている。防除所の調査では、平成25年には79%、平成26年には86%で抵抗性誘導剤が使用されており、それが葉いもちの発生ほ場率を抑制した可能性がある。このことについては現在の段階では筆者の私見であり、今後の解析を待つ必要があるが、本年の経験は貴重なものとして今後の防除体系の構築に生かしていく必要があると考えている。
抵抗性誘導剤については、近年ではオリゼメート剤以外にも同一系統剤が複数種販売されており、選択肢の幅も広がっている。これらの剤を予防剤として、育苗箱施用をはじめとする初期防除に有効に活用することにより、いもち病に強い水稲栽培が実現できるのではないだろうか。なお一方、昨今の箱施用剤については、いもち病防除剤についても単剤で処理されることはまれで、殺虫剤や紋枯剤等との混用剤の形で利用されるのが一般的である。ユーザーとしてみれば、薬剤の選択に当たって、いかに合理的な剤の組み合わせがされているかが重要な基準となる。山口県においては、ここのところ2年続けてトビイロウンカの多発生があり、薬剤抵抗性の発達も大きな要因と考えられており、ピメトロジン(チェス)を含む剤などが注目される一方、作用性の異なる新剤の開発やその組み合わせが強く要望されている。また、本県を含め西南暖地にあっては、紋枯病の発生も多いことから箱施用剤で同時防除したいという要望は強い。ただ、実際にそのような様々な要求を満たす剤は少なく、現場のニーズに合わせた今後の開発が望まれる。箱施用剤にはオールマイティーな一発処理効果を望むのではなく、あくまで予防的な薬剤として、本田散布剤との体系処理で防除を考えたい。各種病害虫の初期の密度を低く管理できれば、本田での年ごとの病害虫の発生状況に応じた効率的防除も可能になり、薬剤耐性菌や抵抗性害虫の出現も抑制しやすいのではなかろうか。本年の病害虫の発生状況から、新たな薬剤の登録や普及が待ったなしの状況であることを再認識するとともに、今後ともメーカーと関係機関で協力しながら、現場の要望に応えるべく努力することの必要性を実感している。

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