40周年記念企画

関東の生産者

群馬県吾妻郡高山村大字中山

昭和55、56年いもち病が多発し、効果的な薬剤を探していたところ、
オリゼメートの情報を得て、以来、現在まで使っている。

尾見さん2世代

写真は豊さん

尾見さん2世代

  • 豊さん(昭和11年生まれ)
  • 武尚さん(昭和37年生まれ)

高山村は群馬県の北西部、吾妻郡の東端に位置し、四方を緑豊かな山々にいだかれた高原の山村である。村の標高は低い所でも420mあり、最も高い所では1,250mを超える。また、村の中央を西方へ名久田川が流れている。夜空の美しさが光環境条例で守られており、村内には県立ぐんま天文台がある。

尾見豊さんは、昭和30年に就農した。高校時代から稲の研究に取組み、「保温折衷苗代に関する研究」で県内発表をしているほど、研究熱心な生産者である。就農後、父である力松さんを手伝い6年が経過したところで、地元農協に入組した。平成に入り、先代から農業を引継ぎ、農協勤務を全うし、現在に至っている。長男の武尚さんは農繁期には頼りになる助っ人である。

イネ品種の変遷を聞いた。就農時には短稈多けつ多収型の「農林24号」を作付けしていた。その後、「トヨニシキ」、「初星」等の品種を経て、現在は「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」が地域の主力品種である。かつて、標高470mでは「コシヒカリ」の栽培は難しかったが、温暖化が進んだのか?今は村内の水田30%に「コシヒカリ」が作付けされている。

オリゼメートとの出会いは昭和57年頃。昭和55、56年いもち病が多発し、効果的な薬剤を探していたところ、オリゼメートの情報を得て、以来、現在まで使っている。当初は7月上旬本田でオリゼメート粒剤を水面施用していたが、現在は箱処理剤(Dr.オリゼプリンス粒剤6)を移植前に処理している。

平成5年のことを聞いた。高山村は標高470m以上。障害型冷害となり収量は10a当たり1~2俵で、大半がくず米という厳しい状況であった。最近は、種子消毒(化学農薬2種混:共同防除)、いもち病・害虫防除、雑草防除及び後半のカメムシ・いもち病防除で仕上げて、作柄は安定しているという。また、村内には有機・無農薬、減農薬に取組む人はいるが、特別栽培米としての出荷はない。付加価値をオンコストできないからである。

山々にいだかれた高原の村では静かに時が流れていく。何も足さない、何も引かない素朴な農業が、世代を超えて営まれている。さらさらと水はけの良い土は米にうまみをもたらすと語る尾見さんは、大切なものは何かを知っているようであった。

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