散布技術の進化とオリゼメート 機械化の進展とともに

機械化の進展とともにオリゼメートを取り巻く環境も進化をしてまいりました。このコンテンツでは、その機械化の変遷とオリゼメート散布技術の進展、水稲作における農薬と散布機の現状と展望、そして有人ヘリコプターやラジコンヘリコプターを活用した空中散布をテーマにした内容をご紹介します。

空中散布(有人ヘリコプター、ラジコンヘリコプター)

一般社団法人 農林水産航空協会 理事 センター所長 中島 満

海外では農地や山林に航空機を利用して農薬などを散布する試みを1920年ごろから行っている。当時は複葉機により粉剤を散布していたが、当時の社会情勢は2つの大戦を背景にして農林業への航空機の利用は特段の技術的進歩を見ていない。この中で航空機自体の性能は格段に進んでおり、ヘリコプターを生み出すまでの技術革新が得られた。戦後は軍の余剰機が農業用に転用され、復員した多くのパイロットが民間の事業に進出したことから、農林業に対して飛躍的に航空機が利用されるようになった。また、当時の新農薬の開発により散布量を少なくすることができるようになったことから、航空機の長所である高い効率性は作業コストの低減をもたらした。このような背景から多くの国で病害虫防除、施肥、播種が行われるようになり、他にも資材の運搬や撮影、調査にも多く利用されている。

国内の農林水作業への航空機の利用は昭和20年代後半に固定翼により森林害虫、いもち病を対象として粉剤の散布が行われたのが始まりである。その後、ヘリコプターが昭和27年に民間に導入され、29年には愛媛県で森林害虫防除に使用されている。この結果、土地が狭く地形が複雑である日本の国土事情から、滑走路を必要としなく、散布現場で容易に離着陸できる、低速で小回りが利くヘリコプターが実用的とされた。ヘリコプターによる病害虫防除が進展したきっかけは昭和33年に神奈川県下で実施された穂いもち病の防除である。神奈川県平塚、伊勢原地区は穂いもち病が常発する地区であったが、防除が進まず、県農業試験場はこの地区に空中散布を導入し、1,045ヘクタールの水田にヘリコプターを使用して水銀粉剤を散布した。この防除は極めてよい成績をおさめ、またこれが最新の農業技術として全国に宣伝されたために、農業労働力の流出に対処しなければならなくなっていた各地の農業指導者の関心を引くことになった。このようなことで国内の農林水産航空事業は、農薬の空中散布を中心に急速な発展を遂げるにいたり、昭和36年には10万1千ヘクタールにまで達して、同年の農業基本法の制定を契機に、その当時農林業の広範な分野にわたって貢献し始めていた。

農林水産航空事業は、全く新しい画期的な農林技術として農林業の生産性の向上、および農林諸作業の効率的な共同化を促すために制度化が必要とされたことにより、社団法人農林水産航空協会が昭和37年2月に設立認可され、設立時の会員は6関係農業団体と航空業界17社であった。このような農業分野と航空機分野という異なった技術を融合しながら農林水産航空事業は進展を図ってきた。

有人ヘリによる農林水産航空事業は昭和63年にピークに達し、主たる事業である水稲病害虫防除(航空防除)は、1,741千ha(のべ散布面積)、わが国の水稲作付面積のおよそ四分の一が実施された。しかし、航空防除は、基幹防除であることから広域一斉防除となり、地域のまとまりが必要となるため、転作による他作物や有機栽培等栽培形態の多様化した圃場の混在、住宅の農村部への進出、農薬に対する関心の高まり等により、実施地区の取りまとめに困難をきたしてきた。また、農薬製剤の面から見ると、「長期残効型箱施用剤」の普及に伴い、本田における防除回数の減少が航空防除の実施に影響を与えた。「平成の時代」に入ってこれらの要因から航空防除は年々減少し、平成15年における「改正農薬取締法」の施行、18年には「食品衛生法の改正に伴う残留農薬のポジティブリスト制度」の施行が「向かい風」となり、25年における航空防除は水稲で39,000ヘクタールである。

上記した航空防除減少の要因の一つである農薬問題については、農林水産航空協会が航空会社、農薬メーカー等航空防除関係者とともに、航空防除周辺への散布農薬の飛散低減技術の調査・研究等を行った。散布資材としては飛散低減剤、散布装置の面からは平成3年より実用化された「ブームスパン短縮型散布装置」、さらには「ポジティブリスト制度」に対応した「ドリフトガードノズル」と「片側散布」の開発・実用化である。また、平成9年環境庁は「航空防除農薬環境評価検討会報告書」より航空防除用農薬について気中濃度評価値を設定した。このように農薬の散布に係わる対策・評価がなされたが、栽培形態の多様化が進み、「集落単位」で行われる航空防除地区の散布圃場は、「モザイク状」となり、事業の取りまとめがますます困難となった。

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