Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第1章:植物と病気

第1章 植物と病気(1)

身の回りには、たくさんの微生物が生息しています

地球には膨大な数の微生物が存在し、そのなかで微生物と動植物が時には影響しあって生活しています。
微生物という言葉を聞くと、“ばい菌”をイメージして不潔なもの、あるいは病原菌を連想する方もいると思います。しかし、健康なヒトの腸内には、100兆個を超える1,000種類以上もの細菌が棲みつき、植物の葉面には、1cm2当たり平均100~1,000万個もの細菌が生息しているといわれています。目には見えませんが、私たちの身の回りには本当にたくさんの微生物が生息しています。そして、こんなにたくさんの微生物に囲まれて生活しているにも関わらず、私たちが感染性の病気にかかる事はそんなに多くはありません。この事実は、これら微生物のほとんどが無害で、ほんの一握りの特別な微生物だけが動植物に害をおよぼすということを示しています。
地球上の微生物種のうち、これまでに同定されたのは約10万種といわれています。これらの微生物のなかで、植物に感染することが報告されているのは、日本国内で約7,000種(異名含む;日本植物病名目録2000年版、日本植物病理学会編)です。この数は比較的多いように見えますが、1つの植物種に限ってみてみると、その数は非常に少なくなります。例えば、日本人の主食植物であるイネに感染するのは僅か80種(日本植物病名目録第2版;2012年)だけです。そして、実際に被害が大きいかあるいは被害が予測されるので防除対象となっているものは、さらに少なく10種前後です。

ほとんどの微生物が植物に感染できないのはなぜでしょうか?

それでは、膨大な数の微生物の大部分が植物に感染できないのはなぜでしょうか?その原因あるいは理由として、

(1)微生物が植物に侵入し発病させる能力をもたないため
(2)植物が潜在的な抵抗性をもっているため
(3)植物が微生物の侵入を察知して免疫システムを働かせるため

と大別することができます。
(1)は微生物側の能力の問題です。微生物が植物に侵入するためには、植物の傷口や気孔などの開口部から入り込む以外は植物の表皮を物理的に突き破って侵入する装置(付着器)を備えるか(いもち病菌など)、あるいは表皮を酵素で化学的に分解して侵入しやすくする能力をもつ(リンゴ黒星病菌など)ことが必要です。この能力(侵害力)をもっていないと、微生物は植物に侵入することができません。しかし、侵害力をもっている微生物の全てが植物を発病させるわけではありません。例えば根瘤(こんりゅう)細菌はマメ科植物の根に侵入して根瘤を形成させますが、植物にダメージを与えて発病させることはありません。植物に侵入する能力と植物を発病させる能力(病原力)は、多くは別のものです。侵入後に植物を発病させるためには、植物成分を栄養源として吸収することで植物の生理機能を崩壊させる、植物細胞を溶解・腐敗させる酵素を分泌する(野菜類軟腐病菌など)、細胞機能にダメージを与え時には死亡させる毒素を生産する(ナシ黒斑病菌など)、導管を詰まらせて水の吸い上げを阻害する(ナス科青枯病菌など)などの新たな能力が必要となります。
(2)および(3)は植物側の性状あるいは機能に関するものです。(2)の例としては、植物表皮クチクラ層が厚くて硬い、植物細胞内のサポニンなど殺菌性物質の濃度が高い、病原菌が分泌した毒素を分解・解毒する酵素を常時つくっているなど、植物が微生物の侵入を受ける前から備えている物理的、化学的な性状があげられます。(3)は微生物の攻撃に対して植物が積極的に動員する誘導的で複雑でしかも強力な防御反応です。これは、動物と異なり自らを移動させて外敵から身を守ることのできない植物にとって、生存のための重要な機能の一部となっています。

植物病原菌は植物と一緒に進化し誕生しました

このように微生物と植物の双方に、微生物の大部分が植物に感染できない原因あるいは理由があることが分かります。これを微生物の側からは、

(1)植物に侵入する能力
(2)植物の抵抗性に打ち勝つ能力
(3)植物を発病させる能力

の全てをもった(奥 八郎、1979)一部の限られた特殊な微生物のみが病原菌となることができたと整理することができます。そして、一般的に病原菌は、(4)伝播する能力(伝染性)ももち合わせています。
地球上に、微生物と植物が誕生して以来お互いが影響しあってそれぞれが進化し、その過程で植物へ侵入し、植物の抵抗反応をかいくぐり、植物を発病させる能力を獲得した微生物のみが植物病原菌となったと考えられます。植物病原菌がヒトを含めた動物に対する感染性がなく、逆に動物の病原菌が植物に対する感染性がないのも、それぞれが異なった進化の過程を経てきたためであると考えると合理的です。

宿主とは? 病原菌とは?

植物のもっている抵抗性や、微生物の病原力を理解するために、植物の病気について用いられている用語について少し説明します。回りくどく多少難解ですが、ご容赦ください。
植物に病気を引き起こす原因を「病原」とよび、それが生物性の場合には「病原体」とよびます。そして、病原体が菌類(かびなど)や細菌の場合には、「病原菌」とよびます。 生物の助けを借りないと増殖できないウイルスも、増殖という生物的側面をもっているので、病原体に含められています。なお、非生物性の病原としては、肥料・微量養分(の過不足)、温湿度、大気汚染物質、土壌中の有害蓄積物などがあり、これらを原因とする植物の病的状態を、「生理病」と称しています。病原体が寄生する植物を「宿主植物」あるいは「宿主」とよんでいます。例えば、イネいもち病菌から見れば、イネは宿主植物となります。一方、この菌は野菜類には寄生することができないので、イネいもち病菌にとって野菜類は「非宿主植物」となります。イネはいもち病菌の宿主植物であるにもかかわらず、品種によっていもち病菌に侵されやすかったり、侵されにくかったりします。侵されやすい品種をいもち病菌に対する「罹病性品種」あるいは「感受性品種」、侵されにくい品種を「抵抗性品種」とよんでいます。

いもち病はイネの天敵です

いもち病は、いもち病菌(学名;Magnaporthe oryzae)というかびの感染によっておきる病気です。イネの葉や穂で発病し、それぞれ葉いもち、穂いもちとよんでいます。いもち病は、日本の稲作農家にとって最大の病害であり、昔からいもち病の大発生で何度も飢饉にあっています。そのため、いもち病やいもち病菌についての研究はたくさんあり、その研究成果は防除方法の開発や抵抗性品種の育種に活用されています。漢字では、“稲熱病”と書きます。

感染と発病の過程をさらに詳しく解析すると

植物病理学的な見方から感染と、発病の過程をもう少し詳しく解析してみます(参考;「新編 植物病理学概論」、久能 均ら著、養賢堂)。植物病理学とは、植物の病気の原因や伝染方法について解明するとともに、病気の発生を防ぐさまざまな基礎的、応用的方法を研究する学問です。
植物病理学では“感染”とは、「病原体が感受性植物に接触・侵入して、両者の間に栄養授受関係が成立すること」としています。また“発病”とは、「感染が成立し、病徴があらわれること」と定義しています。
要するに、病原菌が植物に接触 → 付着 → 侵入 → 栄養関係の成立までの過程が感染というわけです。そして、栄養関係の成立 → 増殖・蔓延 → 病徴発現・繁殖体形成までが発病です(図1-1)。

図1-1 感染(接触~栄養関係の成立)と発病(栄養関係の成立~病徴発現・繁殖体形成)の過程

感染の過程は、植物と病原菌が遭遇(接触)することから始まりますが、病原菌が植物に侵入するためには病原体を植物表面に固定(付着)する必要があります。固定の方法は、糸状菌(かび)では、ムシラーゼという粘液物質を分泌して植物体に侵入器官などを糊付けします。なお、ウイルスやウイロイドが昆虫やダニの吸汁行動を介して植物組織内に直接侵入した場合は、付着の過程を経ないことになります。
栄養関係の成立すなわち病原菌が侵入後に植物から栄養をとって生活できるようになることを「感染の成立」といっています。病原菌が植物体へ侵入しても植物から栄養をとることのできない場合には感染が成立しないことになります。感染が成立したあと病徴が現れるまでの期間は、「潜伏期間」とよばれます。この期間は、病気の種類や環境条件によってさまざまに異なります。イネいもち病では3~5日ですが、樹木のニレ立枯病では、数年におよぶとされています。
病原菌に感染して葉に斑点が生じたり植物体が萎れることにより肉眼的に識別できるようになった植物の外部形態の異常を「病徴」といいます。病徴は、病原菌が分泌する酵素、毒素などに植物組織が応答した結果、現れたものです。植物体上で胞子(繁殖体)など病原菌の一部が肉眼で認められる場合も広義の病徴に含められています。うどんこ病、灰色かび病、さび病などがその例です。病徴が肉眼的に観察されるようになると、その植物は発病したとみなされます。

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