Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第2章:病気を防ぐには

第2章 病気を防ぐには(1)

植物の病気を防ぐには病気の“成立要因”を小さくすること

植物が病気にかかるためには、原因がなくてはなりません。単に植物と病原菌とが遭遇しただけでは必ずしも病気が成立するわけではありません。
植物の病気は、病気にかかる体質をもった作物・宿主(これを素因という)、それを侵す病原菌(これを主因という)、病気の発生に好適な環境条件(これを誘因という)の3つの要因がそろいしかも重なり合ったときに初めておこります(図2-1)。例えばいもち病の場合には、病気に罹りやすいイネの品種(素因)、高密度のいもち病菌(主因)、適度な温度と高湿度(誘因)のときにそれぞれの要因が大きくなり互いに重なり合うため、発病するようになります。ところが、いもち病抵抗性品種を栽培した場合には素因が小さくなるため、たとえいもち病菌の胞子が多数飛散し(主因が大きくなる)、さらに高湿度条件(誘因が大きくなる)になっても発病が抑えられます。

図2-1 病気の成立に関与する3要因の関係
(3要因はそれぞれ大きさが異なり、それが重なり合うと発病します)

このように、素因、主因、誘因の3つがそろいしかも重なり合ったときに病気が発生するため、素因、主因、誘因のいずれか1つを除いたり小さくすれば、病気の発生を抑えることができます。上述のようにいもち病抵抗性のイネの品種を栽培すれば素因を小さくすることができるので、いもち病の発生を抑えることができます。また、殺菌剤を散布すれば主因を小さくすることができ、高湿度になる季節を避けて栽培すれば誘因を小さくすることができます。
しかし、現実には日本人の嗜好が良食味米にあるためいもち病にかかりやすい品種であるコシヒカリを多くの農家が栽培せざるを得ない状況にあります。さらに、抵抗性品種も長年栽培を続けると、それを侵すレース(同一種だが病原性が異なる菌系統;第三章参照)が増えてきて、その地域ではもはや抵抗性品種ではなくなってしまうという現象も観察されています。また、日本の多くの地域では高湿度となる梅雨の時期を避けてイネを栽培することは不可能です。このように、経済的・社会的な側面も加わって、素因や誘引を除いたり小さくすることが容易でない場合があります。
いずれにせよ、植物の病害を防除する基本は、病気を成立させている3要因のそれぞれを小さくし重なり合いを少なくすることです。そのためには、さまざまな手段を組み合わせて総合的に病害を抑制し、被害を経済的影響の少ない状態にすることが重要です。

さまざまな防除方法

近年、化学農薬偏重の反省から化学農薬だけでなくさまざまな方法を組み合わせて病害虫を防除しようとする考え方が広まり、それまでの抵抗性品種の育種に加え生物資材の利用や物理的方法の開発が活発に行われています。さまざまな防除方法を、病気を成立させている主因、素因、誘因のどれを抑制する効果があるのかに基づいて整理してみます。

主因(病原菌)を制御する方法

これまでに開発された防除方法のなかで主因(病原菌)を減少させる方法については、化学的方法、生物的方法、物理的方法、耕種的方法に大別することができます。

1.化学的方法(殺菌剤の利用)

化学的方法では、化学合成されたかあるいは銅などの無機物質由来の殺菌剤(農薬)が用いられます。殺菌剤を作物や果樹に処理すると、病原菌の数を減少させ主因を小さくすることができます。一般的に農薬は、少ない労力と比較的低コストで確実な効果が得られるという特徴があり、農業現場で第一選択肢として広く利用されています。
殺菌剤は、作物や果樹の地上部に直接散布したり、育苗箱施用、水面施用、種子消毒、土壌消毒、薫蒸などの方法で使用されます。このなかで作物や果樹の地上部に液剤や粉剤を直接散布する方法が一般的ですが、いもち病の防除では、近年、殺虫剤と混合した粒剤を育苗箱に施用する省力的方法が広く普及してきています。また田植機で苗を移植するときに、株元近くに溝をつけながら肥料と薬剤を線状に埋め込んでいく「側条(そくじょう)施用」法も広がりつつあります。
農薬登録されている殺菌剤の成分数は、111種(2012年6月)です。主な殺菌剤の種類と適用病害などを表2-1に記載しました。
ジチオカーバメート系、ベンゾイミダゾール系、アゾール系およびストロビルリン系の殺菌剤は、殺菌スペクトルが広く穀物・野菜・果樹などの病気を防除するために世界中で利用されています。対照的にイネいもち病専用の防除剤もあり、その多くは日本で開発されたもので、日本と一部の東南アジアの国で使用されています。
アゾール系の薬剤は糸状菌の細胞膜成分であるエルゴステロールの生合成を阻害するのでEBI剤と略称されたり、詳細な作用機構が生合成過程の脱メチル化反応を阻害することからDMI剤と表記されることがあります。同系統の薬剤は、ヒトの白癬菌感染症(水虫)の治療にも用いられています。

表2-1 主な殺菌剤の種類と適用病害、作用機構

いもち病の防除に用いられるメラニン生合成阻害剤は、殺菌作用がないため殺菌剤ではありませんが、いもち病菌に作用して侵入力を弱め結果としていもち病菌の蔓延を抑制する(主因を制御する)ことから表4に含めました。メラニン生合成阻害剤の作用メカニズム研究から、いもち病菌の侵入装置(付着器)は固いメラニン層で補強されて80気圧もの内部圧力となっており、いもち病菌はその圧力を利用してイネに侵入していることが明らかとなりました。メラニン生合成阻害剤は、作用点の違いから2系統に区別されMBI-R剤(トリシクラゾールなど)、MBI-D剤(カルプロパミドなど)のように略称されることがあります。MBI-D剤は基礎的な防除活性が高く優れた薬剤ですが、耐性菌が出現したことで、使用が制限されるようになってきています。なお、私たちの皮膚や髪の毛のメラニンは、かびのメラニンとは異なった出発原料(アミノ酸の1種であるチロシン)からつくられており、生合成の経路も異なっています。
ストロビルリン系(化学構造的特徴からメトキシアクリレート系ともいう)と酸アミド系薬剤は、ともに糸状菌のミトコンドリア電子伝達系複合体に作用して呼吸を阻害します。ミトコンドリアは、生物のエネルギーをつくりだす発電所のような役割を果たしている細胞内の小さな器官です。ストロビルリン系薬剤は、3番目の複合体の外側(Qo部位)に作用するのでQoI剤ともよばれます。ストロビルリン系薬剤は、きのこの一種Strobilurus tenacellusにより生産される抗菌物質ストロビルリンAを有機化学的に改変して、1990年代から開発されたものです。改変された薬剤は、ストロビルリンAの欠点である光に対する不安定性が改良され、植物体中の移行性も増しています。天然の生理活性物質を農業用に改良することに成功した数少ない事例です。しかしこの系統の薬剤も、耐性菌の出現が懸念されています。
感染後のウイルスやウイロイドの複製を阻害したり不活性化できる薬剤はまだ開発されておらず、ファイトプラズマ病防除用の薬剤も農薬登録されていません。その代わり、これらの病原体を媒介する昆虫・センチュウなどを駆除すると、間接的ではありますが発病を抑制する効果が得られます。
最近の化学農薬は、哺乳類・魚類・鳥類など非標的生物に対する毒性が低く環境負荷の軽いものを目指して開発を進めた結果、安全性が高く少ない投下薬量で防除目的を達成することができるものが多くなっています。そのような薬剤が多くなるのにともなって、病原菌に対する作用点が特定の部位に限られた選択性の高い殺菌剤が多くなりました。作用点が特定の部位に限られた薬剤は、その部分が変異すると容易に耐性化してしまうという欠点があります。耐性菌の出現を避けるためには、“よく効くから”という理由で同じ薬剤を繰り返し使用するのではなく、作用メカニズムの異なるいくつかの薬剤をローテーションさせながら使用するなどの工夫が必要です。

「農薬使用基準」遵守が食品の安全・安心を保障します

農薬の使用に際しては、農薬の容器に表示されている適用作物、適用病害、使用濃度・量、使用時期、使用回数、使用方法などの使用上の注意を守ることが義務付けられています。この表示は、農薬取締法に基づいて定められた手順に従って安全性や残留性、環境影響などに関する膨大な試験を行い、そのデータから科学的に導き出されたそれぞれの農薬に固有の「農薬使用基準」です。これを守ることにより、食品の安全が保障されます。また、生産者は農薬使用基準を守っていることを消費者に示すことで食品に対する安心感が醸成されていくものと思われます。

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