Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第2章:病気を防ぐには

第2章 病気を防ぐには(3)

素因(作物・宿主)を制御する方法

植物の抵抗力・自然免疫力を高めると、素因(病気にかかりやすい性質)が小さくなり感染・発病を抑制することができます。植物自身の力を利用して病害を防除する方法は、殺菌剤で病原菌を撲滅する方法に比べ有用生物や環境に対する負の影響が少ないと考えられ、今後、活用していくことが望まれる技術です。植物の抵抗力を高める方法には、化学的方法、生物的方法、耕種的方法があります。

1.化学的方法-1(抵抗性誘導剤の利用)

植物の抵抗性・自然免疫力を高めることのできる薬剤があります。そのような薬剤は抵抗性誘導剤(プラントディフェンスアクティベーター)とよばれるもので、現在、プロベナゾール、チアジニル、イソチアニルの3薬剤が農薬として登録され、主としてイネいもち病の防除に活用されています。インフルエンザの流行を防ぐためワクチンを予防的に接種するのと同じように、抵抗性誘導剤も、病原菌の感染にそなえ予防的に用います。殺菌剤も抵抗性誘導剤も病気を防除するために利用されていますが、殺菌剤は主因を小さくして(病原菌数を減少させて)防除するのに対し、抵抗性誘導剤は宿主植物の素因を小さくして(植物自身を病気にかかりにくくして)防除する点で、根本的に異なります。抵抗性誘導剤については、第四章で詳しく述べます。

2.化学的方法-2(エリシターの利用)

病原菌を含む微生物からの抽出物のなかには、植物に病原菌が感染したときと類似した抵抗反応を誘導させるものがあります。これは「エリシター」とよばれるもので、植物に抵抗反応を開始させるスイッチのような役割をはたします。植物病原細菌によって分泌されるハーピン蛋白質にはエリシター作用があることが確認されており、植物の免疫力を高める効果があるとしてハーピン蛋白質を配合した「植物活力剤」が市販されています。

3.生物的方法

ある種の微生物や、病原力を脱落させた病原菌に、植物の防御能力を高める作用があります。また、病原力を弱めたウイルス(弱毒ウイルス)を前もって接種しておくと、その後の同一あるいは近縁ウイルスの感染率を低下させることが可能です。それらのうち、農薬登録されているものを表2-3に示しました。

表2-3 殺菌剤として農薬登録されている微生物(素因を小さくする)

非病原性のFusarium oxysporum菌は、サツマイモのつる割病(病原菌;Fusarium oxysporum)の防除に用いられます。本病原菌はサツマイモの苗を定植する際にその切り口から侵入・感染します。サツマイモの苗を非病原性のFusarium oxysporum菌の培養希釈液に一晩ひたしてから定植すると、抵抗性が誘導され感染を抑制することができます。この防除方法は、茨城県農業総合センターなどによりサツマイモ植物体から分離した菌を用いて開発されました。この菌は、Fusarium菌による他の土壌病害の発病抑制にも有効であると報告されています。
近縁のウイルスを前後して同一植物に感染させると、後から感染させたウイルスの増殖が阻害されることがあります。これを干渉(interference)作用あるいは干渉効果(cross protection)といっています。弱毒ウイルスにも同じような干渉作用が認められることから、これを利用してウイルス病を防除する技術が元北海道農業試験場の大島博士らによって開発されました。これまでに、農薬登録のあるズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZWMV)のほかに、トマトモザイクウイルス(ToMV)、トウガラシマイルドモットルウイルス(PMMoV)、ダイズモザイクウイルス(SMV)、キュウリモザイクウイルス(CMV)などで弱毒株が作出されており、一部で弱毒株を接種した苗が出荷されています。

サツマイモつる割病

干渉作用研究の意外な進展

1980年代の中頃から、ウイルスの外皮蛋白質の遺伝子を植物に導入したウイルス抵抗性組換え作物が数多く作出されました。これは、干渉作用はウイルス粒子の脱外皮反応が抑えられたためであろうなどの考えに基づいたものです。その後、干渉作用のメカニズムは、短い2本鎖RNAがハサミとなって対応するウイルスm R N A 鎖を切断するRNAi(RNA interference)によることが明らかとなりました。RNAiは、センチュウ(線虫)の研究から2006年にノーベル賞を受賞することにもなった新しい生物学的発見です。RNAiを応用すると、任意の遺伝子の機能発現を阻害することが可能であることから、遺伝子の機能を調べるための新しい技術となっています。また、ヒトの病気の遺伝子治療への適用も試みられています。

4.耕種的方法

植物の抵抗力を利用した耕種的防除法は、なんといっても抵抗性品種の栽培です。抵抗性品種の栽培は効果的でありしかも経済的であるため、昔から抵抗性作物を作出する育種が行われてきました。
新潟県では2005年から全県で「コシヒカリBL」の栽培を開始し、話題となっています。コシヒカリBLは、食味に優れるもののいもち病に弱いというコシヒカリの弱点を解消するため、コシヒカリといもち病抵抗性遺伝子をもった別の品種を交配したあと、その子供をコシヒカリで繰り返し「戻し交配」を行ってつくりあげられました。新たに導入した抵抗性遺伝子以外は、限りなくコシヒカリに近いいもち病抵抗性品種です。このように作出された品種を「同質遺伝子系統(isogenicline;IL)」とよびます。BLはBlast resistance Linesを略したもので、いもち病抵抗性系統を意味します。新潟県は導入した抵抗性遺伝子が異なる12種のILをつくり、その中から4種類を選んで混ぜ合わせて栽培しています。同じ系統を続けて栽培するとそれを侵すいもち病菌が増えてきますが、混ぜ合わせる系統と混ぜ合わせ比率を年ごとに調整することで、特定の抵抗性系統を侵す菌系統(レース)が特異的に増加するのを避けることができるようです。新潟県では、このように周到に準備し大掛かりな事業を進めた結果、防除剤の使用を大幅に削減してもいもち病の発病程度は従来のコシヒカリよりも低くすることができたとしています。
実は、このような試みは宮城県が先輩です。1994年に宮城県は、「ササロマン」と名づけたササニシキのILを奨励品種に採用し、県下で栽培を推奨しました。しかし、ササニシキが冷害に弱い品種であったため、ササニシキ自体が「ひとめぼれ」に取って代わられてしまい、ササロマンの作付けは極めて少なくなっています。
遺伝子組換え技術を応用すると、従来の交配による育種に比べ、少ない労力でしかも短時間で、目的の遺伝子だけを確実に植物に導入することができます。既に海外で広く栽培されている除草剤耐性ダイズや害虫に強いトウモロコシだけでなく、病気に強い耐病性植物も遺伝子組換えにより数多く作出されています。例えば、つくば市にある農業生物資源研究所では、イネのWRKY45という遺伝子が抵抗反応の実行部隊となる多数の遺伝子を取りまとめていることを見出し、この遺伝子を利用していもち病などに対する耐病性イネをつくりあげました。この研究は、2007年の農林水産省10大ニュースのひとつに取り上げられるなど注目されています。今後、実際の栽培へ向けた開発研究が進展することを期待します。
遺伝子組換えにより「青いバラ」や「乾燥に強い植物」を作ることが可能で、遺伝子組換え技術は人々の夢をかなえたり、21世紀の地球規模の食糧問題を解決する手段を与えてくれます。しかし、日本では現在、試験研究用を除き商業用遺伝子組換え作物は栽培されていません。これは、遺伝子組換え作物が海外で広く栽培され日本の国の審査でも安全性が確認され、しかもその収穫物が多量に輸入されているにもかかわらず、遺伝子組換え作物を栽培することについて社会的な容認(パブリックアクセプタンス;PA)が得られていないためです。人類の財産ともいえる遺伝子組換え技術について、早急に国民の理解が深まることを期待します。

遺伝子組換えにより作出された「青いバラ」
(写真提供;サントリー(株))

新たな抵抗性品種を作出しなくとも、Fusarium菌などによる土壌伝染性病害は接木により病気の発生を回避することができます。野生種など抵抗性をもつ植物を台木として、その上に消費者に好まれるが病気にかかりやすい品種を接木する方法は、ウリ科・ナス科など野菜では広く用いられています。例えばキュウリ・スイカでは、つる割病の発生を少なくするためカボチャを台木として用いています。接木は手間がかかるため、最近では、自動化された接木ロボットも登場しています。
遺伝子組換え耐病性作物の栽培や接木も、植物の抵抗力を利用して素因を小さくする防除方法のひとつといえましょう。

遺伝子組換え技術と植物ウイルスの感染特異性を利用した
現代版「花咲爺(はなさかじじい)」の話

リンゴは播種から開花結実まで10年前後かかりますが、種子を撒いてからわずか1.5ヶ月で開花させることに成功した研究が話題になっています。リンゴに病気を引き起こすことなく潜在感染するリンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)を研究していた岩手大学の吉川信幸教授は、多くのウイルスが侵入することのできない茎頂分裂組織に侵入し増殖するALSVの特徴に注目し、このウイルスに開花促進遺伝子を組み込むことを思いつきました。そして、開花促進遺伝子で組換えたALSV(AtFT-ALSV)をパーティクルガンという方法でリンゴの発根直後の子葉に接種すると、期待通り、接種1.5~2ヶ月で、リンゴの苗に花が咲いたのです。
その花粉を成木の花に受粉させると正常に結実し、次世代の種子も得ることができました。種子を撒いてから、わずか6ヶ月です。リンゴの育種には50年ほどかかった例もあるように長い年月を要しますが、この“花咲”技術を応用すると大幅にその期間を短縮できそうです。これまでの育種法が“昔噺”になるかもしれません。
AtFT-ALSVは、リンゴ以外にもマメ科植物、ウリ科植物、ペチュニア、トルコギキョウなどの花卉にも感染し開花促進効果を発現するとのことですので、かなり広い範囲の植物に応用できる“花咲”技術なのかもしれません。
なお、AtFT-ALSVは種子にはほとんど伝染しないため、次世代植物の大部分は遺伝子組換えAtFT-ALSVに感染していないそうです。AtFT-ALSVに感染していない個体を選抜して増殖させるならば、育種年月を大幅に短くするため育種の過程で遺伝子組換え“花咲”技術を用いたが、得られた新品種は非組換え体ということになります。

AtFT-ALSV感染により早期開花したリンゴ
(接種45日後、写真提供;吉川信幸教授)

誘因(環境)を制御する方法

植物の病気は、病気にかかる体質をもった作物・宿主(素因)、それを侵す病原菌(主因)、病気の発生に好適な環境条件(誘因)の3つの要因がそろいしかも重なり合ったときにおきることは既に述べました(図2-1)。そのなかでも環境(誘因)は、適度な温度と湿度は病原菌の増殖を促し、植物の生育に不適な気温は病気に対する抵抗性を低下させるなど、病原菌の活動(主因)と、宿主の抵抗力(素因)の両者に影響を与えます。環境要因としては、気温・湿度、肥料、土壌の湿度・pHなどがあります。

気候そのものを変えることはできませんが、病原菌の活動最盛期となる時期を避けて作付けることで、被害を軽減することができます。例えば、ハクサイ軟腐病は夏季の高温よりも前に結球するようにハクサイを栽培したり、ジャガイモ青枯病は夏季の高温となる時期を避けやや遅らせてジャガイモを作付けすると、被害程度を軽くすることができます。

ビニール温室などの施設栽培の場合には、施設の温湿度を管理することで被害を軽減することができます。例えば、トマトの灰色かび病は、低温(20℃前後)・高湿度で発生するので夜間もこれ以下にならないように保温に努めるとともに、土壌からの水蒸気の発生を防ぐためマルチ被覆栽培すると、発病を少なくすることができます。

肥料・栄養状態は、植物の病気に対する感受性(抵抗性)に影響を与えます。窒素過多で栽培されたイネはいもち病にかかりやすくなり、同様にトマトは疫病・青枯病にかかりやすくなります。逆に、トマトの斑点病は、肥料切れになると発生しやすくなります。また、窒素肥料が多いため過繁茂となったり密植栽培されたイネは、植物体下部の微気象が高湿度となり紋枯病の発生が多くなります。肥料の過用・肥切れを避けるとともに、適正な栽培密度で風通しをよくすることが大切です。

土壌環境の変化も、病害の発生に影響を与えます。例えば、土壌の酸性傾向が強まると、ハクサイ根こぶ病やFusarium菌によるキュウリつる割病など野菜類土壌伝染病の発生が助長されます。この場合、石灰を土壌に施すと被害を軽減することができます。一方、ジャガイモそうか(瘡痂)病は、アルカリ性土壌で多発生となりやすいので、石灰の施用は避けなければなりません。_

さまざまな防除方法について紹介してきました。近年、化学農薬偏重の反省から化学農薬だけでなくさまざまな方法を組み合わせて病害虫を防除しようとする考え方が広まり、忘れられていた古来の防除方法が再導入されたり、新たな視点からの生物資材の利用や物理的方法の開発が行われています。このようなさまざまな防除方法の開発は、過重な農薬の使用による環境への負荷を軽減しようとする志向の高まりもあり、今後、益々盛んになっていくと思われます。自然の制御力を利用しながら持続可能な農業をめざした、IPM(Integrated Pest Management;総合的病害虫・雑草管理)のような取り組みも各地で模索されています。

IPM(Integrated Pest Management;総合的病害虫・雑草管理)とは

1)定義
総合的病害虫・雑草管理とは、利用可能なすべての防除技術を経済性を考慮しつつ慎重に検討し、病害虫・雑草の発生増加を抑えるための適切な手段を総合的に講じるものであり、これを通じ、人の健康に対するリスクと環境への負荷を軽減、あるいは最小の水準にとどめるものである。また、農業を取り巻く生態系の攪乱を可能な限り抑制することにより、生態系が有する病害虫及び雑草抑制機能を可能な限り活用し、安全で消費者に信頼される農作物の安定生産に資するものである(農林水産省の定義)。

2)IPMは農薬とその他の技術が補い合って成り立っている
上記のように、IPMは、病害虫や雑草の防除についての一つの考え方、取組み方を示したものです。IPMでは、防除にあたっては農薬や天敵などさまざまな手段を組み合わせて活用し、そして病害虫を徹底的に殺滅するのではなく、作物の収量や価格に実害がない程度に防除すれば充分であるとしています。徐々に、このような考え方に基づく防除方法が浸透してきています。1965年に国連食糧農業機関(FAO)がIPMという用語と概念を提唱して以降、IPMの理念に基づく防除方法が次第に世界規模で広まったとされています。元々は、「総合的害虫管理」と訳されていました。

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