Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第4章:プラントディフェンスアクティベーター

第4章 プラントディフェンスアクティベーター(1)

前の章では、植物が備えている防御の仕組みについて概説しました。農薬の中には、そのような植物の防御システムを活性化することのできる薬剤があります。防御システムが活性化されると植物は病原菌感染に対する抵抗力が強くなり、結果として感染が回避されます。このようなメカニズムで病害を防除する薬剤のことを、抵抗性誘導剤あるいは「プラントディフェンスアクティベーター」といいます。本章では、プラントディフェンスアクティベーターについて紹介します。

プラントディフェンスアクティベーターとは

プラントディフェンスアクティベーター(植物防御活性剤)は、一般的にはプラントアクティベーター(植物活性剤)とよばれています。本講座では、植物の防御機構を活性化する薬剤であることをより分かりやすく表現するために、プラントアクティベーターではなくプラントディフェンスアクティベーターとよぶことにします。
プラントディフェンスアクティベーターは、単純には植物の病害抵抗性を活性化する薬剤のことですが、

(1)SAR(全身獲得抵抗性;第三章で紹介)を誘導し
(2)代謝物も含めて直接的な抗菌活性は示さず
(3)生物的に誘導されるSARと同じ発病抑制スペクトラムを有し
(4)生物的に誘導されるSARと同じマーカー遺伝子を発現させる

などの性状を備えた化学物質であると定義されています。ここでの“生物的に誘導されるSAR”とは、植物に病原菌が感染して誘導されるSARのことです。生物的に誘導されたSARでは感染特異的蛋白質PR-1、-2、-5などの遺伝子が発現しますので、これらがマーカー遺伝子となります(第三章の「全身に伝わる感染緊急シグナル」を参照してください)。
プラントディフェンスアクティベーターは、代謝物も含めて直接的な抗菌活性をもたないにもかかわらず病害を防除できるという点で、一般的な殺菌剤とは根本的に異なっています。そのために、薬剤に対する耐性菌が出現する可能性が低いと考えられます。

日本で使用されているプラントディフェンスアクティベーター

現在日本で使用されているプラントディフェンスアクティベーターは、1974年に農薬登録されたプロベナゾール(オリゼメート粒剤、Dr.オリゼ箱粒剤など)、2003年に農薬登録されたチアジニル(ブイゲット粒剤、アプライプリンス粒剤など)、2010年に農薬登録されたイソチアニル(ルーチン粒剤など)の3剤です。このほかに、1998年から2006年までの間販売されていたアシベンゾラルSメチル(バイオンガゼット粒剤など;ベンゾチアジアゾール誘導体であることからB T Hと略記される場合が多い)があります(図4-1)。いずれも、主たる防除対象病害がイネいもち病ですが、いもち病以外にイネや野菜類の細菌病害にも有効であるという共通点があります。また、いずれの薬剤も浸透移行性に優れており、根部から吸収されて速やかに全身に分布します。そのため、根部に施用しやすい粒剤化した製剤で使用されています。

図4-1 主要なプラントディフェンスアクティベーターの化学構造

プラントディフェンスアクティベーターの開発の経緯

植物に抵抗性を誘導する薬剤の存在は昔から文献などで報告されていましたが、世界で最も早く実際の防除に利用されたのはプロベナゾールでした。アシベンゾラルSメチルは日本で農薬登録を取得する2年前にドイツでコムギ病害の防除に使用が開始されましたが、それでもプロベナゾールより22年遅れの1996年でした(表4-1)。
プロベナゾールは明治製菓(現Meiji Seika ファルマ)によって開発・販売されたもので、プラントディフェンスアクティベーターの概念が確立される前に創製された薬剤です。プロベナゾールは、1960年代の中頃に、ポットに栽培したイネに薬剤を散布する方法でいもち病の発病を抑制する薬剤を探索していたときに、多くの薬剤の中から選抜されました。薬剤の探索方法としては、シャーレに培養した病原菌に対する抗菌力の有無や抗菌力の強さを指標に薬剤を選抜する方法があります。しかし、プロベナゾールは植物に病原菌を接種して発病させたときの防除効果を唯一の指標として選抜されました。ポット試験は手間がかかることに加え結果がでるまでに長時間を要するなど効率が悪く、根気を必要とするものです。それにもかかわらず探索を担当した研究員は、抗菌活性を指標としたシャーレ試験では得られない化合物を目指し最初からポット試験に挑戦しました。そこに先駆性がありました。このようにして創製されたプロベナゾールは、製剤改良の効果も加わって、育苗箱(田植え機で移植する苗を栽培する底の浅い長方形のトレー状のもの)にあるいは水田に1回施用するだけで水稲の葉いもちの発病をほぼ完全に抑制することができる、省力的で利便性の高い画期的な薬剤となりました。プロベナゾールは、今では日本で最も広く使用されている農薬のひとつとなっており、日本の食糧の安定供給に貢献しています。

図4-2 プロベナゾール処理イネにいもち病菌を接種すると、小さな褐点があらわれるか無病徴となる場合が多い

その後の作用機構研究で、プロベナゾールが病原菌に対し実質的な抗菌力をもたないにもかかわらず卓越した防除効果を発揮できるのは、植物が機能として元々もっている防御システムを活性化しているからだということが分かってきました。植物の機能を上手に引き出す(活性化する)ことができるならば、抗菌力をもっていない化合物でも病害をほぼ完全に防除できることが、プロベナゾールの開発によって実用レベルで実証されました。このようなプロベナゾールの開発は、その後の防除剤の探索研究に大きな影響を与えました。
プロベナゾールの次に開発されたプラントディフェンスアクティベーターは、スイスの化学会社チバ・ガイギー(現シンジェンタ)により合成されたアシベンゾラルSメチルです。アシベンゾラルSメチルはプロベナゾールの場合と異なり、最初から植物の抵抗性を増強させようという意図のもとにつくられた化合物です。チバ・ガイギーではサリチル酸が関与する病害抵抗性を研究する過程で抵抗性を増強させる薬剤の探索方法を開発し、最初はイソニコチン酸誘導体(INA)を合成し、続いて実用的な防除効果をもった化合物としてベンゾチアジアゾール骨格を有するアシベンゾラルSメチルを生みだしました。
後続のチアジニル(日本農薬)や、イソチアニル(バイエルクロップサイエンス)は、それぞれチアジアゾールおよびイソチアゾール骨格を有する化合物なので、化学構造の点からはアシベンゾラルSメチルを意識して探索研究を進めたことが推測されます。また、両剤とも主要な適用病害がイネいもち病なので、化合物を選抜する過程ではプロベナゾールを比較対照剤としたものと思われます。

表4-1 プラントディフェンスアクティベーターの開発

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