Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第4章:プラントディフェンスアクティベーター

第4章 プラントディフェンスアクティベーター(3)

プラントディフェンスアクティベーターにより発現が誘導される遺伝子

私たちは、プラントディフェンスアクティベーターの作用をより詳細に検討するために、DNAマイクロアレイ(microarray)の手法を用いてプラントディフェンスアクティベーターで処理されたイネでどのような遺伝子が発現しているかを調べました(発現;遺伝子DNAが読み取られてメッセンジャーRNA(mRNA)に転写されること。mRNAに転写された情報は蛋白質へと翻訳される)。これは、プラントディフェンスアクティベーターは植物の機能を活性化して抵抗性を誘導する薬剤であるため、その過程では多くの遺伝子の発現が誘導されたり抑制されたりしているであろうとの考えによるものです。
図4-5は、プロベナゾール、チアジニルあるいはイソチアニルを根から吸収させたイネから150時間後にmRNAを抽出し、無処理イネと比較して発現が変動している遺伝子をDNAマイクロアレイ法で調べたものです。
発現が変動した遺伝子数を薬剤間で比較すると、

プロベナゾール>チアジニル、イソチアニル

となりました。プロベナゾールを吸収させたイネでは、全体の約3.9%の遺伝子で、発現が誘導あるいは抑制されておりました。発現が変動した遺伝子の全てが抵抗性の誘導に関わっているとは限りませんが、それが多いほど植物に大きな影響を与えていることは確かです。

図4-5 薬剤処理150時間後に発現が変動しているイネ遺伝子の数
(DNAマイクロアレイ法による。総遺伝子数42,124(一部の遺伝子は重複搭載))

プラントディフェンスアクティベーターで処理されたイネにいもち病菌を感染させると、さらに顕著に遺伝子の発現が変動しました。いもち病菌を感染させた無処理イネを基準とすると、

プロベナゾールで6.7%、チアジニルで5.0%、イソチアニルで3.7%

もの遺伝子の発現量が増加あるいは減少しておりました。薬剤を処理していないイネにいもち病菌を感染させただけでも多数の遺伝子の発現が変動しますが、それを基準として比較したことを考慮に入れると、マイクロアレイの数値は、非常に多数の遺伝子の発現が薬剤処理とその後の感染により影響を受けていることを示しています。
このように、いもち病菌を感染させた場合も、プロベナゾール処理イネでは、他の薬剤に較べてより多くの遺伝子の発現が変動するという結果となりました。

つくば市にある農業生物資源研究所の霜野真幸博士(現米国ミシガン州立大学)、高辻博志博士らは、アシベンゾラルSメチルを散布処理したイネの遺伝子の発現変動をDNAマイクロアレイで詳細に調べ、遺伝子の転写を制御する因子(転写因子)のひとつWR K Y(ワーキー)45が、アシベンゾラルSメチルの薬効発現に中核的な役割を果たしていることを発見しました。さらに、シロイヌナズナやタバコとは異なり、イネではSARの情報伝達系はサリチル酸の下流でWRKY45系とNPR1系に分岐しており、WRKY45とNPR1のそれぞれが抵抗性に関わる多数の遺伝子群の発現を制御している因子であることも見出しました。WRKY45を遺伝子組換え技術で常時発現させたイネがいもち病などに対して耐病性になることは、既に、第二章の「素因(作物・宿主)を制御する方法」で紹介しました。

虱潰しに遺伝子の発現を調べることができるDNAマイクロアレイ

マイクロアレイ解析は、スライドグラス程度の大きさの基板上に数万から百万を超える化学合成などにより得られた遺伝子断片を貼り付け、それに生物試料から抽出したmRNAをDNAに変換してから結合(ハイブリダイズ)させて、試料中に含まれるmRNAの種類と量を調べるものです。mRNAを調べることで、細胞内で発現が誘導されている、あるいは抑制されている遺伝子の情報を得ることができます。ゲノム解析が終了している生物では、その情報とマイクロアレイ解析情報を結合させることができるので、より詳細な解析ができます(その代わり膨大な量のデータが発生します)。
DNAマイクロアレイは、ほぼ全ての遺伝子を網羅的に、あるいは特定の遺伝子群をまとめて虱(しらみ)潰しに短時間で解析できる優れものです。

私たちは、DNAマイクロアレイ解析をさらに進め、プロベナゾールで処理されたイネではこれらの因子に加え、サリチル酸にグルコースを転移する酵素(SAGTase)が重要な役割を果たしていることを見出しました。RNAiの手法(第二章のコラム「干渉作用研究の意外な進展」を参照してください)でSAGTase遺伝子の機能発現を阻害(ノックダウン)させると、プロベナゾールの防除効果が低下することが観察されたからです。そして、SAGTaseノックダウンイネでは、親イネと比較すると、たくさんの遺伝子の発現が変動していることも観察されました。
DNAマイクロアレイ解析では、プロベナゾール処理イネにいもち病菌を接種すると多くのジテルペン型ファイトアレキシン(感染特異的抗菌性物質;第三章(2)参照)の生合成にかかわる一群の遺伝子も活性化されていることが分かりました。これらの遺伝子は、プロベナゾールを処理しただけでは活性化されなかったことから、ジテルペン型ファイトアレキシンの生合成系はプライミングの状態(第四章(2)参照)にあったものと思われます。
最近、高辻博士らの研究グループは、イネのジテルペン型ファイトアレキシンの生合成遺伝子やPR蛋白質遺伝子など防御にかかわる重要な遺伝子の発現がWRKY62という転写因子に制御されていること、さらに、WRKY62は上述のWRKY45の制御下にあることを見つけています。WRKY45もWRKY62もプロベナゾール処理で活性化されるので、プロベナゾール処理イネで観察されたジテルペン型ファイトアレキシン生合成遺伝子の活性化は、これらの転写因子の制御を受けた結果なのかもしれません。一方、SAGTase遺伝子をRNAiでノックダウンさせたイネでは、WRKY45もWRKY62もプロベナゾール処理によって発現が活性化されることはありませんでした。

これまでの研究結果をまとめると

これまでの研究から、植物の誘導抵抗性には数多くの遺伝子が関わっており、植物が抵抗性となるのは、それらの遺伝子が機能した総和の結果であると考えられています。また、それらの遺伝子群を統括するキーとなるWRKY(イネでは約100種あると報告されている)やNPR1などの複数の重要な因子が存在していることも明らかとなっています。
DNAマイクロアレイ解析やノックダウン植物を用いた実験の結果は、プロベナゾールを含めたプラントディフェンスアクティベーターもその作用発現に、これらの因子が関わっていることを示しています。
これまでに述べてきたように、プロベナゾールは他のプラントディフェンスアクティベーターに較べてより多くの遺伝子の発現を変動させることがDNAマイクロアレイ解析によって確認されています。また、プロベナゾールは情報伝達経路でサリチル酸より上流で作用すると推定されています。さらに、最近、私たちはSAGTaseの役割について注目しており、プロベナゾールを根から吸収させたイネでは、SAGTase遺伝子が活性化されてサリチル酸グルコシドの濃度が増加すること(総サリチル酸濃度は増加したが、遊離のサリチル酸の濃度は変化しなかった)、SAGTaseノックダウン植物ではプロベナゾールの防除効果が低下することを観察しました。これは、プロベナゾールの防除効果発現に、遊離のサリチル酸とともにサリチル酸グルコシドが重要な役割を果たしていることを示唆しています。しかし、SAGTaseノックダウン植物でもプロベナゾールの防除効果は残存していることから、未知の作用経路も存在している可能性があります。
これらの知見は、プロベナゾールは他のプラントディフェンスアクティベーターと共通の情報伝達経路を活性化することに加え、プロベナゾール独自の作用発現経路をもつことを示唆しています。プロベナゾールの作用点に関する作業仮説を図4-6に示しました。
図4-6は、情報伝達経路上の作用点が上流にある薬剤ほど、より多くの抵抗性誘導に関与する遺伝子群を動員することができ、その結果として、それらの遺伝子群の作用の総和である病害抵抗性もより強くなるであろうことを示しています。図4-6は、あくまでも作業仮説ですが、今後これを検証していく予定です。

プラントディフェンスアクティベーターの作用発現は、プラントディフェンスアクティベーターが植物のある部位(受容体)に結合することから始まると考えられます。しかし、これに関してはまだ未解明であり、今後の研究課題として残されています。受容体がどのようなものなのかが分かれば、プラントディフェンスアクティベーターの作用発現にいたる経路が、加速的に解きほぐされていくことでしょう。また、その研究は、植物の抵抗性誘導のメカニズム解析に貢献するとともに、新たなプラントディフェンスアクティベーターを創製させるためにも役立つと思われます。

図4-6 イネの抵抗性反応誘導におけるシグナル伝達経路とプラントディフェンスアクティベーターの作用点(作業仮説)

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