Dr.岩田の植物防御機構講座

植物の持つ防御機構についての最新の知見とプラントディフェンスアクティベーター(植物防御機構活性化剤)についての最新の知見を総合的に学習ができるコンテンツです。

第5章:これからの病害防除

均一な農作物が栽培されている田畑は、遺伝的な多様性が失われています。そのため、一旦病原菌が侵入すると、急激に田畑全体に蔓延することになります。それを防ぐためには、タイミングよく的確に病害を防除する必要があります。
防除法については、第二章の「病気を防ぐには」で述べました。その中で、化学農薬だけでなくさまざまな方法を組み合わせて病害虫を防除しようとする考え方が広まり、これまでの抵抗性品種の育種に加え、微生物などの生物資材の利用や太陽熱などを活用した物理的方法の開発が活発に行われていることを紹介しました。その背景には、病害虫の防除は、病害虫を徹底的に撲滅するのではなく農作物の収量や価格に実害がない程度に密度を低下させれば充分であり、そうすれば人の健康や環境におよぼす影響が軽微なものとなり、自然の病害虫抑制メカニズムも活用できるのではないかという考えがあるからです。
このような考え方は、大切なものであり、これからの防除の基本思想になっていくものと思われます。そして、今後はそれに基づいたさまざまな新しい防除方法が考え出され普及していくと思われます。

これからの防除剤・防除資材

さまざまな方法を組み合わせて、病害を防除していく流れは大きくなっていくものと思われます。そのような中でこれまでよりも比重は低下するものの、主流をなすものはやはり化学農薬、生物農薬などの防除剤です。それは、効果が確実である、少ない労力で防除作業ができるなどのこれまでの実績があるからです。
これからの防除剤・防除資材に求められる性状としては、以下の点があげられます。

(1)高等動物、植物に対する安全性が高いこと(毒性が低いこと、薬害のないこと)
(2)選択性があること(防除対象以外の生物に対する影響が少ないこと)
(3)環境に与える負荷が少ないこと
(4)残効性、残留性が適度であること
(5)薬剤抵抗性が発達せず、耐性化しにくいこと
(6)安価であること
(7)施用しやすいこと

これらは、これまでも求められており、そのために膨大な労力と努力が注入され、多くの試行錯誤と工夫・改善が繰り返されてきました。そしてこれからもより高水準の到達点が求められる、永遠の課題です。
用水路をコンクリート化し冬場に水を流さなくなったため日本中のメダカが激減してしまったなどは例外としても、農作物の生産活動は、それ自体が環境に大きな負荷を与えています。それでも長い年月にわたり耕作を続けてきた農耕地ではその周辺も含めて一定のつりあいをもった平衡状態の環境がつくられています。そのような平衡状態は、未開拓地の自然状態とは異なったものですが、持続的な農作物生産には不可欠のものです。平衡状態を乱さないためには、防除剤・防除資材は、防除対象となる生物(標的生物)以外の天敵などの非標的生物に対する影響が少ないことが望ましく、防除のため農耕地などの環境中へ放出された後は、その目的を達成したならば速やかに分解(化学物質の場合)あるいは死滅(生物農薬の場合)することが求められます。
残効性と残留性は、微妙なバランスが必要です。残効性とは、防除効果の持続性のことです。散布した薬剤が役割を果たす前に効力が低下してしまうと、追加の散布が必要になり、散布回数と投下薬量が増えてしまいます。逆に、いつまでも効力が持続することは、残留性が懸念されることになります。残効性・残留性は、ある程度は、製剤的な工夫でコントロールできる課題です。

農薬が残留した作物・食品は有害か?

出典は失念しましたが「全ての化学物質は安全ではない、しかし、不安全でもない。全ての化学物質は、ある量を超えると有害であるが、それ以下では、無害である」は“名言”です。作物の残留農薬基準値も、基本的にはこのような考え方が根底にあります。おもに動物を用いた慢性毒性試験などを参考に無毒性量すなわち「それ以下の量」を求め、これに安全係数(通常は100倍)を掛けて人が一生食べ続けても健康に悪影響がないとされる一日摂取許容量(ADI;Acceptable Daily Intake)を設定します。残留基準値は、このADIを基に日本人の体重や食生活を参考にして、各作物(食品)に残留可能な量を割り当てたものです。
昨今の分析機器は感度と精度が驚異的に向上しており、極々微量の化学物質を容易に検出することができます。農薬が検出されたからその作物・食品は有害であると判断するのではなく、残留基準値と比較して判断することが大切です。

しかし、残留基準値をわずかに超えた食品を(継続して食べ続けたのではなく)たまたま食べてしまっても、すぐ健康影響がでるというものではなく、ましてや将来毒性(慢性毒性)があらわれることもありません。「ある量を超えていない」からです。残留基準値は、上述のように、急性毒性症状があらわれるよりはるかに少ない量で行う慢性毒性試験の結果に安全係数を掛けたものを基に設定しています。すぐに健康影響がでるかどうかは、食品を介して体内に入った量が、急性的な中毒量を上回っているかどうかによります。また慢性毒性があらわれる可能性があるのは、食材の残留農薬の総量が基準値の100倍以上含まれる食事を、長年月にわたり毎日取り続けたときです。
残留基準値を超えたまま流通した食品などは、全て回収されることになっています。しかし、英国では、残留基準値を超えていることがすなわち健康リスクがあるということではないことから、たまたま基準値を超えて流通してしまった食品などの回収の判断は、動物の急性毒性試験から得た有害影響が観察されない濃度(無毒性量)に、安全係数を掛けて導いた「急性参照用量(ARfD)」を目安にしています。回収するのは、「リスク評価を行い、健康リスクがあると判断されたものだけ」との考え方です。当然ながら、残留基準値を超えた作物・食品を意図的に流通させてよいというわけではありません。

これからの防除は、プラントディフェンスアクティベーターで

手前味噌ですが、これからの病害防除は、植物の自然免疫機能を活用するプラントディフェンスアクティベーター(抵抗性誘導剤)のような薬剤の利用が理想的であると考えています。
プラントディフェンスアクティベーターは、植物自身の力を利用して病害を防除するので、病原菌に対する殺菌力や直接的な阻害作用を必要としません。そのため、防除対象とする病原菌以外の生物に対する影響は軽微で、環境におよぼす負の影響も少ないと考えられます。また、殺菌力をもたないため、プラントディフェンスアクティベーターに対する耐性菌が出現する可能性は極めて低いと考えられます。耐性菌は、薬剤感受性の低下した突然変異菌が薬剤の使用により選抜されて集団中の密度を高め、顕在化したものです。プラントディフェンスアクティベーターに対する耐性菌が出現するとすれば、それは、病原菌がプラントディフェンスアクティベーターにより誘導される植物の防御機構の全て(第四章の図4-23「プロベナゾールの作用機構の概略」を参照してください)を突破できる能力を突然変異で獲得した場合のみです。そのような菌が出現する確率は極めて低いと考えられます。
プラントディフェンスアクティベーターのこのような性状は、前項で述べたこれからの防除剤に求められる(2)選択性があること(防除対象以外の生物に対する影響が少ないこと)、(3)環境に与える負荷が少ないこと、(5)薬剤抵抗性が発達せず耐性化しにくいこと、を満足させるものです。このような薬剤が今後増えていくことを期待しています。 
上述のような性状をもったプラントディフェンスアクティベーターも、一般の化学物質と同様に、農薬取締法に定められた動植物に対する安全性や環境影響などについて評価試験をおこない農薬登録を取得しています。これは、植物を活性化する物質であるなどの作用機構の如何にかかわらず、化学物質であるからには、所定の手続きにしたがい安全性などを確認することは当然のことだからです。

農薬は、安全性評価データが最も充実している化学物質

あまり知られていませんが、1970年頃までとは様変わりして現在の農薬(生物農薬も含め)は、食品添加物とともに動物などに対する安全性の評価データが最もそろった化学物質群となっています。農薬登録の有効期限は3年ですが、それを更新するためには、社会の要請や科学の進歩に合わせた新しい評価データがその都度求められます。新しい基準を満たすことのできた化合物だけが、更新を許されます。最新の評価データが全ての農薬に求められる仕組みになっているわけです。
多くの評価データをそろえて、いくつもの審査を通過した化合物(生物を含む)だけが農薬として登録を認められます。そして登録されたものだけを「農薬」と呼称することになっています。「これは農薬でないから安全」ということを聞くことがありますが、逆の見方をすればそれは「安全性についての評価をしていないもの、審査を受けていないもの」とも受け取れます。

これからのプラントディフェンスアクティベーター

本文中でも紹介してきましたように、現在(2012年9月)農薬登録されているプラントディフェンスアクティベーターは、3種です。いずれも、主要な適用病害はイネいもち病です。
これからのプラントディフェンスアクティベーターとしては、これらとは異なる防除スペクトラムをもったものが望まれます。例えば、畑作物、野菜、果樹などの植物に作用してこれらに病害抵抗性を誘導させる薬剤です。また、防除手段の乏しいウイルス病や難防除病害である細菌病、土壌病害に対して確実に適用できる薬剤は、貴重なものとなるでしょう。
新しいプラントディフェンスアクティベーターを見つけ出すことは容易ではありません。これまでにも、実用化までには至らなかったがプタントディフェンスアクティベーターを発見したことが報告されたり、特許が出願されたりしています。しかし、その探索方法の詳細が開示されることは稀です。企業のノウハウに属する部分が多いからと思われます。一方で、最近の植物の分子生物学的手法を取り入れて、プラントディフェンスアクティベーターの新しい探索方法の開発が試みられています。横浜国立大学の平塚和之教授は、防御反応にともなって発現する植物遺伝子の発現制御部分(プロモーター)に、発現が誘導されたかどうかをモニターする遺伝子(レポータージーン)をつないで、簡便で迅速に抵抗性誘導剤を探索する方法を構築しました。平塚教授が採用したモニター法は、蛍が発光する仕組みを応用したもので、植物が抵抗反応を誘導する薬剤に触れるとその部分が(極めて微弱ですが)光るものです。理化学研究所の能年義輝博士(現岡山大学)、白須賢博士らは、植物の防御反応にともなう細胞死を指標として培養細胞を用いる多検体探索法を開発しました。そして、それを用いるとサリチル酸情報伝達系(第三章(2)参照)で、サリチル酸合成促進、サリチル酸シグナルの活性化、サリチル酸代謝阻害などの機能をもつ化合物を狙い通りに見つけることができた(target-based drug discovery)としています。これらはハイスループットスクリーニング(high-throughput screening)とよばれ、極めて多数の化合物群の中から目的とする化合物を、微量の試料で短時間で選抜することが可能な手法です。このような手法も取り入れて探索研究を行うならば、目標とする新たなプラントディフェンスアクティベーターを発見することができるかもしれません。
本講座でも紹介しましたようにプラントディフェンスアクティベーターの作用機構に関する研究は、日々進んでいます。この研究成果と、新しい探索方法を組み合わせるならば、目的とする性状を備えた薬剤をいつかは手中にすることができるものと思われます。その日が遠くないことを望んでいます。

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