梅原博士の美味しい米作り講座

日本の米作りは、規模の大小があるものの稚苗による機械移植栽培を中心とした、機械化体系がほぼ確立されつつあります。稲作管理面では低コスト化を目指し、機械や施設の効率化・省力化にポイントがおかれています。そのため、本来、技術の中心となるべきイネの生理や生態が軽んじられる傾向にあり、手抜きも見られています。小さな手抜きやミスにより大損害を受けた育苗施設の事例もあります。 皆さんの目指す低コスト稲作は、 失敗や被害は許されないはずです。手抜きとならないように、基本技術を、現場に利用できる情報として提供できればと思っています。特に「若手の農業技術指導者」、「団塊の世代で新しく米作りに挑戦しようと意欲に満ちた方々」に参考になれば幸いです。

11.本田期の病害1(いもち病)

いもち病は、「稲熱病」と書かれてきたように、古くより、米作りの上で、最も重視された病害でした。その理由は蔓延速度が速く、被害が激しく、いったん発生すると、手の施しようのない強力な蔓延力を持っているからです。
現在では、多くの研究等により、抵抗性品種、管理法、農薬等の利用から克服されつつありますが、平成5年の大発生事例で見られたように、今日でも、最も重要な病害です。
本病についての解説書や図鑑等、多くの成書があり、詳細についてはそれらを参考にしていただきます。ここでは診断に必要なポイントを主に記したいと思います。

本田における激発状況

〈病原菌〉

Pyricularia oryzae Cavara(糸状菌)
イネの病斑上に、不完全時代の分生子が形成され、形は普通、隔膜2個、先端が細く、透明な洋ナシ型です。
近年、シコクビエ等のいもち病菌と培地上で交配し、完全時代(子のう胞子)がつくられ、Magnaporthe grisea Barr と命名されています。

いもち病菌の分生胞子電顕写真

〈病徴〉

育苗時に、土壌表面に露出した根も侵害することから、イネの全部位で発症します。

[葉]

育苗期や本田前期の若い時代では、始め水浸状から灰緑色の円形又はだ円形、拡大にともなって、縦長の紡錘状の病斑となります。
中央部が灰緑色、周縁部が褐変、健全部との境は明瞭です。出葉後の日数が進んだり、肥料、気象条件、葉位等により、体質が抵抗的となると、不整形の小さな褐点斑や紡錘状の大・中の病斑がつくられ、その中央部が灰色~灰緑色、また、病斑全体が褐色斑となります。

葉いもち急性型

葉いもち白斑型

葉いもち慢性型と視点型

[穂首・枝梗・穂軸]

穂首節や枝梗の分岐部を中心に、初期は灰緑色、その後灰褐色となり、その先端は枯死、白穂となります。

穂首いもち

枝梗いもち

[みご]

止葉のカラー部(葉身と葉鞘の境、葉節部とも言っている)付近で、発病初期は灰緑色、その後、黒褐色となり、その先端は枯死します。

葉節いもち

みごいもち

[籾]

出穂直後の感染では脱水状の白色(やや緑色のものもある)となり、その後灰色へと変色します。傾穂期後の発病では頴に不整形の褐点、褐斑ができます。

籾いもち初期

[節]

葉いもち多発田で、穂いもちが少発にもかかわらず、止葉(または次葉)の節の全体、または一部が黒変し、成熟期前に、止葉と穂が枯死し、乾燥、折れ易く、節抜けとなります。

節いもち

[葉耳・葉舌]

日照不足となる山間地、木陰など、結露時間の長い所で、注意してみると発生が多い。激しい場合は止葉のカラー部の侵害から、みごいもちへと進展します。

〈発生生態〉

[気象条件]

周知のように、激発年と冷害年と重なる場合が多く、生理障害も含めて、気象条件によって、発生が大きく左右される病害です。
特に、北日本のいもち病は分げつ盛期と梅雨期が重なり、この時期の低温、日照不足、長雨がセットになると葉いもちが大発生します。低温は病斑の寿命を長くし、胞子形成能を高くします。長雨は病原菌がイネ体内への侵入に必要な水滴を長時間保ち、いわゆる葉面ぬれ時間を長くするため、菌の侵入率を高めます。
イネは出葉後、日時の経過とともに、抵抗力を高める性質を持っていますが、日照不足は、この性質の進む速度が抑えられ、弱い体質が長く持続することになります。この逆の要因は少発条件となり、
その時期や組合せにより、中発生や少発生になると考えてよいでしょう。
西南暖地では、早期作は北日本に近い影響を受けますが、普通期作や晩期作では、分げつ盛期頃が高温抑制(夏日)を受け、一般に葉いもちの被害が軽く、温度が低下した頃に登熟する穂いもち多発の傾向がみられます。
これらの特徴は山間地、標高差による発生原因についても、置換えて考えることもできます。

[肥培管理]

窒素質の多量施用は、従来より、いもち病の発生を助長することが明らかであり、分施や緩効性肥料の利用、珪酸質資材や含鉄資材の投入、有機質肥料との組合せ等、地力増強対策と併せた、総合的な施用技術へと進んでいます。

いもち病抵抗性品種検定状況

[品種と菌レース]

抵抗性品種を用いて、いもち病の防除が出来れば理想です。耐病性品種の育成は、古くは篤農家が、昭和になっては国の育種事業において、多収性とともに実施されてきました。
その中にあって、外国稲の抵抗性に注目し、交配により、高度抵抗性の品種が育成されましたが、昭和40年頃より、それらの品種の普及につれ、約3年後より激発事例が発生し、大きな問題となりました。
一方、抵抗性には、レース特異的な真性(質的)抵抗性と圃場(量的)抵抗性の2種が含まれていることに、整理されました。前述の罹病化は、外国稲から新しく、真性抵抗性遺伝子を導入したことにより、これを侵害するレースが、選択的に増殖した結果と考察されました。
このことから、抵抗性品種の安定的利用には、真性抵抗性遺伝子の導入のみに頼ることなく、圃場抵抗性をも併用した品種の育成が必要とされ、真性抵抗性遺伝子も、新しく明らかにされたことから、多くの遺伝子を導入した品種の育成も行われてきました。
さらに、近年、コシヒカリ等、良食味品種に対する志向が強いことから、いくつかの公立農試では、これらの品種に、異なる真性抵抗性遺伝子を単独に持つ系統を育成し、特定の比率で混合した、多系品種(マルチライン)の利用が実用化され、注目されています。
現在は真性抵抗性の力により防除効果が優れているようですが、今後も、長期にわたり、安定した持続が重要です。現在、実施年数が短く、また、不良気象条件下での評価がないことから、今後、レース調査などと並行した対応が必要でしょう。

多系品種の育成(富山農枝セ 2006)

いもち病レース検定状況

〈発生予察〉

流行が速いことから、早期発見、早期防除が強く求められ、発生予察が極めて重要です。まず地域内の初発見が大切です。初発の早晩はその後の発生に、密接に関係します。従来より、常発地(発生のツボ)を中心に発見に努めました。
一般に、本田の初発生は日平均気温で19~20℃、補植用置苗でそれより1~2℃低い温度域となります。
並行的に、発生予察圃等の定点調査、胞子採集器による飛散胞子数の調査、結露時間等の調査、イネの生育調査に、気象の経過と予報を参考にし、発生予察が出来上ります。定点調査では病斑の型、数、発病株(葉)の推移が明らかとなり、発生実態を示し、精度向上に貢献しています。
いもち病菌に関する研究成果が極めて多く蓄積されたことから、たとえば、胞子の発芽、侵入、進展、病斑形成等と環境要因の関係等が明らかになり、シミュレーションモデルが作られたり、気象庁のAMeDASシステム気象データを活用した、BLASTAMシステムが出来上り、予測に活用されるようになってきました。
ただし、病勢進展の時期、傾向は実態に近いが、発生量はまだ十分な精度が得られていないようです。今日、被害ワラ等第1次伝染源、長期箱剤の利用等の要因も加味される必要があるでしょう。

いもち病胞子採集状況(回転式)

〈薬剤防除〉

現在、病勢進展の特徴等から、効果の高い田植時育苗箱施薬が一般化し、葉いもちに対しては完全な予防処理となりました。これについては既に記した通りです。
水面施用は、パック剤も含めて、初発期から蔓延期に、十分に成分がイネの体内へ取り込み可能な日数を考慮して処理してください。晩く施用し、効果を穂いもちの時期まで引き延ばしたい気持ちから、処理が遅れ、効果発現が不十分の場合が見られます。一般に、中干しの前後に処理し、3日間十分に湛水を保つと安定した高い効果が得られます。
穂いもちについては、穂ばらみ、穂ぞろい、傾穂期の時期が散布適期とされてきました。近年、カメムシ剤との混合粉剤の利用から、主と考える時期が遅れがちになっていますが、葉いもちが発生した場合は、穂ばらみ期防除で菌を一掃させて、出穂をむかえる心掛けが必要です。

表5.いもち病防除剤の作用と施用法

水面施用は湛水散布のことを示す。

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