いもちの素性を知る

第3章 発生生態

3)栽培法といもち

いもち病の発生は育苗法や播種、移植時期など栽培法によって左右されることが知られている。

東北地方のように稲作にとって気象制約の大きい地域では、青森から福島まで春に播種、育苗が一斉に始まり、5月の移植を経て8月の出穂と9月末~10月の収穫となり、どこでもその時期に大差はみられていない。しかし、近年では規模拡大いよる稲作の専業化も模索されて、このことから労働の分散のための育苗方式の組合せ、例えば直播、乳苗、稚苗、成苗等多くの方式が導入されるようになってきた。そうしたイネの栽培法といもち病との関係についてふれてみよう。

(1)育苗

かつて1950年ころから保温折衷苗代が普及して、それまでの水苗代の育苗障害は除かれたうえ、冷害克服の第一条件とされた早播き、早植えを可能にして、北日本の稲作安定に大きな貢献をした。この事実は、年配の方々はよく承知しているところである。当時はまさに革命的改善とまで言われたもので、その功績はきわめて大きいものがあった

この新しい育苗法の普及をとらえ、1951~1952年の両年にわたり、保温折衷苗代栽培における病害虫発生に関する共同調査を、東北農試、6県農試で実施した経緯がある。その内容は今日すでに採用されていない過去の育苗法だから割愛するが、参考にされたい方は、「保温折衷苗代と病害虫、北日本病虫研、特別報告2号、昭和30年1月」を利用されたい18)

さらにこの保温折衷苗代に続いて、ビニール被覆による畑苗代が登場したことにより、移植時期も必然的に早まり、当時で1~3旬も早くなった事実から、早植栽培と病害虫の発生相をテーマとして、再び共同研究が1957、1958年に実施された。その調査結果も「水稲早植栽培と病害虫、北日本病虫研報、特別報告5号、昭和35年3月」として刊行されたのである20)

その中からいもち病に関する調査成績をあげてみる。

青森県:

標準栽培(5月15日~19日移植)と遅植栽培(6月1日~5日移植)で比較している。

  1. 葉いもちは早植で初発が早い。
  2. 葉鞘接種法による被害度は、苗代末期、本田初期は早植で高いが、本田初発期になると差はみられない。
  3. くびいもちは差がないが、節いもちは遅植で少なく、しこういもちは遅植で多い。
福島県:
  1. 早植は生育も進み、稲体も充実して耐病性も増加、さらに早朝生育により発病回避もあって葉いもちは少ない。
  2. 出穂期の天候、分生胞子飛散の影響を受けるので、早植でもくびいもち多発の危険性がある。
東北農試: いもち病は両年で結果が一致しない。本田初期に早発だと早植栽培で多発生してその影響が収穫期までおよぶ。遅い発生の場合は早植ではイネが抵抗性を得て、普通栽培よりも発生が少ない。しかし、しこういもちは常に早植栽培で多かった。その理由は早植では出穂が早く成熟期が温暖なためであるとした。

今日では機械移植のための箱育苗法の全盛期である。育苗の種類といもち病の発生は、苗の抵抗力と伝染源の両面から考える必要があるが、育苗環境(温湿度、播種量、移植時の苗令、土壌条件等多項目にのぼる)から、そして育苗時(各苗代の普及時代を指す)の発病頻度からみて、箱育苗苗が最も弱く、ついで保温折衷苗代苗、畑苗代苗で、水苗代苗が最も強いと考えられている。水苗代苗が強いのは珪酸含量が多いことと、種子伝染や第二次伝染が少ないため(生育環境から箱育苗法と対比してみると理解が早い)だろうとみられている。

畑苗代で生育したイネは、本田移植後も水苗代イネにくらべて、水分吸収が少ない性質をもち、そのため水とともに吸収される珪酸含量が少なく、体質的にはいもちに弱いとみられている。このことは薬剤の効果検定のために、水稲を畑に播種して発病を促したかつでの畑番播法と相通ずるものがあると思われる。

毎年のように発生予察関係者は、葉いもち初発生期を的確に知るために事前の調査を実施している。その中で重点を置いて調べている項目のひとつに本田内の片隅に長く放置されている補植用苗の発病調査がある。この補植用苗は移植の済んだ水田で、欠株のあった場合にそれを補うために一時的に苗を仮植しておくものだから、補植作業が終了したら除去するのが当然であるのだが、それが出来ずに放置するので葉いもちが早発し、やがて周辺苗へ拡大していく。予察技術としては、そこを重点的に調査して、周辺へのまん延時期を気象データ等とともに把握しようとするものである。それでは箱育苗苗の補植のための本田放置はなぜ葉いもちの発生が早く、それが伝染源として重要なのか吟味してみたい。

いもち感染のための好適温度や水滴保持時間、侵入経過等についてはこれまでに述べてきた。

これらの条件を思い出して、そのことと放置苗、及び環境についてつき合わせてみればそこの早発要因が理解できる。

  1. 放置苗は各地の慣行により若干の差異はあるが、おおよそ1箱(30cm×60cm)分の苗をそのまま補植用として置くか、それをいくつかに分けて水田内に置く場合が多い(この補植用苗の呼び名も統一されていないが、「とり置き苗」「補植用余り苗」「補植用とり置苗」と呼ばれている)。
  2. この苗は箱内の播種密度のままであるから、時間とともに株間が超過密となり、葉上水滴の形成時間が早く、消失時刻がおそい。このため菌の侵入に必要な最適温度より低いときでも、侵入の足場である葉上水滴が確保されるから、発芽、侵入が可能となる。これに対して一般移植苗では、とくに本田初期だと出葉、分げつも少ないことから、葉上の結露は夕方おそくて朝方の消失は早い。侵入好適温度(侵入に要する最短時間)より低くても、つまり侵入の速度は遅くても、それを完了させるまで水滴が保持されれば感染がおこるから、発病も当然早まることになるわけである。

取置苗の早期発病は1970年ころから箱育苗の普及とともに各地で認められたところであり、またそれを本田初発生の予察に利用できることも東北地方ではこの時期から行われてきたところである。

さて、育苗期(本田移植前まで)と、本田移植後の補植用取置苗はともに苗いもち(育苗箱内での苗のいもち病)と葉いもち(取置苗のいもち病)が多いことは周知の事実である。ここではその伝染源についてふれてみる。

ア 育苗箱(期)の伝染源

移植前の箱内でも発病苗の見られる場合や、潜伏苗で移植後に早期発生する場合がある。そのことについて考えてみたい。

ア)種子

種子伝染の可能性については苗いもちの項で解説した。無消毒種子を播種してみても、発病苗を思いのままに発現させることの困難性についてふれ、このことに関する山形農試のマニュアルを紹介した。しかし、種子伝染の事実は古くから認められていることで、そのことを否定するつもりは全くない。結論は箱育苗の環境(高温多湿、厚播き、ある期間の遮光など)を重視し、この環境でも発病しない種子を確保することが基本であることを理解して、そのための種子消毒の徹底を図ることがなによりも大切なことである。最近になって山形農試佐藤智浩氏らは、現在の市販品で一般に使用されている種子消毒剤の中には、規定通りの消毒法でもいもち罹病(保菌)種子に対しては効果が甘く、低率ではあるが発病を認めると発表した(第50回北日本病害虫研究発表会、1997年2月7日、三沢市で開催)。

今後はこの事実を重視して、その対策をたてるべきであると考える。

イ)もみがら・いなわら

毎年見られる事例だが、明らかに移植時には幼苗が発病していたことが観察されたり、潜伏苗を移植したために、5月末~6月はじめに早々と本田で発病することが経験されている。もし、種子からの由来であれば、乳苗育苗のような育苗期間の短いケースを除けば、環境からみて移植時までに発病しても当然である。見落としている可能性が強い。これと並んで重要な伝染源としてあげられるのはもみ殻であろう。このこともすでに述べたことだが、1994年新潟県でみられたばか苗病の多発生は育苗ハウス前に堆積したもみ殻が育苗箱内に飛散したものに原因したことを紹介した。いもち病の場合もこれと同じ現象が各地で認められるのである。1995年岩手県内のある地域で苗いもちが発生し、これを移植した本田1ha以上の広面積で苗の活着不良をおこした。6月13日にラジコンヘリを利用し、緊急防除を実施して、周辺水田へのまん延防止につとめた経過がある。現地でこの農家の育苗環境を調査した結果、もみ殻のハウス内飛散によるものであることが判明したのである。

イ 本田における補植用苗の伝染源

本田で補植用苗の発病が一般移植苗よりも早発することは前にも述べた。この取置苗は移植時までは一般移植苗と全く同一の生育環境であったから、両者の発病差は移植後の環境差によるものと言ってよい。取置苗は生育が進むのに伴って超過密、超うっ閉の状態となり、株上の結露が長時間続くことがその後の移植苗と大きく異なるところである。これが早発の原因であろうと推察した。

それではこの取置苗への伝染源は何か、どこから飛来した胞子なのかが問題となる。さらに一般移植田の発病はこれより先に発病する取置苗にすべて由来するのか、とくに広域的な発生を示す時にすべて伝染源は取置苗の発病によるのか、取置苗を発病前に早期除去した場合の本田初期の発生源は何か…等疑問な点が多い。また、補植苗の発病がすべて育苗期間中の感染とは思えないし、本田に残されたいわゆる取置苗への感染源は何か等が素朴な疑問点である。

以上の問題に関してつぎの点の解明がほしい。

  1. 作業の機械化が進み、収穫の大半はコンバインによって行われている。この時の細断わらの消息と、わら上では最も越冬率が高い「節いもち」罹病部での菌生存状況を知ること。水田上に1mの高さに堆積した場合は、内部のわら上では生存可能というデータは山形農試の試験結果から明らかとなっている28),29)、田面に散乱された場合はどうか。
  2. この菌越冬いなわらは、春先耕起・代かきで土中に埋没されるが、全部が土壌と混合されるのか。代かき作業時や田植の終ったあとの水田をよく観察すると、畦畔にうち寄せられた細断わらの多いのに気がつく。この上での菌の生存と胞子形成はどうか、何時頃から形成するのか等の解明がほしい。
  3. イネを鎌で手狩りしていた時代は、圃場に散乱した罹病わら上では越冬できないと結論されていた。菌の越冬場所は室内に貯蔵(乾燥状態)されたわら、もみがらであるといわれていたが、コンバイン収穫の今日ではそれらがどこに集められ、或はどこに放置されているのか、その上での菌の生存、胞子形成の可能性はどうか等の解明と、本田(補植用取置苗も含めて)への伝染病としての位置づけが必要である。

以上、育苗といもちについて述べてきた。問題点も指摘してきたが、伝染源の解明は古い時代にはすでになされたことではある。しかし新しい栽培体系下での証明が不十分だと考えるのは私だけなのだろうか。

なお、表、図は1988年水稲いもち病等の多発要因の解析と防除、岩手県、1989年10月、から引用した11)

表11. 県南部における補植用苗でのいもち病発生状況(岩手県)

表12. 農家育苗ハウスにおけるいもち病感染の実態

図9. 早期発生田(発病した補植用苗放置水田)及び周辺圃場における葉いもち発生推移(岩手県)

注)A:発病した補植用苗放置水田(1987、1988年)B:Aの隣接水田(1987年)C:Aから50m離れた水田 D:一般水田(全般発生開始期、1987、1988年)

(2)播種期・移植期

播種期と移植期の関連では、同じ播種期であっても、現在のように稚苗、中苗(成苗)移植というように、苗齢の異なったものが若干の時期をずらして移植されるようになり、また、最近では乳苗というごく若齢の苗も移植されるようになってきた。

これは主に労働力の分散、中でも大規模稲作農家や移植作業受託農家の移植期の分散(集中回避)によるものであり、さらには山間高冷地帯における本田初期生育確保のための成苗移植の普及推進で、育苗日数や移植期に差異がみられるようになってきたためである。

播種期もこれに対応して若干の移動がみられるようになった。

いもち病発生の視点でとらえると、これまでに乳、稚、中(成)苗でそれぞれ箱内や本田移植後の発病に違いがあるという報告は見当たらない。

前にも述べたように、箱内、本田での伝染源と様式は複雑だから、単純に育苗日数の長短で苗感染の多少と関連づけられないように思われる。

育苗環境、例えば畜産農家でわら、もみ殻等の伝染源を敷きわら等に使用し、また、これを屋外に堆積して置いたとき(もみ殻は腐熟し難いし、稲わらも乾燥した状態で堆積されている場合が見受けられる。)それらが箱内の感染源になったことは表12でも明らかである。この場合の感染チャンスは育苗日数の長いときほど高いことは容易に想像できる。

また、ある事情によって移植期が遅延した場合に、苗箱で激発した例は1993年に経験している。このケースは6月上旬の移植とその時期が大幅に遅れたためであるが、移植時にも病斑形成があったし、その直後からまん延がはじまり、白斑型病斑が多数形成してズリコミいもちとなった。

それは、肥料吸収が旺盛となったうえ、未だ茎葉組織が柔らかくて、いもち抵抗性が弱いためであろう。このことから、通常時期の移植であっても、6月初めからの高温到達は本田での早発を招くので、東北地方では注意が必要なのである。

(3)栽培密度

機械移植では手植え時のような栽植密度に大きな違いはみられない。したがって、これといもち発生との関係も問題となった事例は見当たらない。

一般的にみて密植の場合は、疎植に比べて生育盛期のときは株間のうっ閉度が高くなるから、風、日光の透過が悪く、葉上水滴の蒸散も遅いので、いもち病菌の侵入に好適するから多発生するし、やがて穂いもちへの移行も多くなってくる。

(4)灌がい水

山間地で冷水が絶えず入るような水田は、水口ほどイネの活着遅延、初期生育不良となり、やがて出穂遅延、青立ちとなってくる。このような水田では気温が上昇して、いもち発生の適温に達すると「水口いもち」となってひどい症状を呈するようになる。

イネの生育が進み、出穂時に近づくにしたがって、普通イネとの生育差が目立ち、葉色が濃くて軟弱となり、葉いもちの発生にとって最良の「場所」を提供してくれる。

出穂~登熟期にこのような遅延イネをみると、胞子形成の多い大型で活性の高い病斑を上位葉に多数認めることができる。この結果から重要な伝染源となって、穂いもち、節いもち発生に連動してくる。

平坦地の広い水田は、灌がい水温の差は少なく、したがって水口、水尻の生育差はないから、水口いもちの現象はみられないのが普通である。

落水時期が早く、土壌の乾燥が進むほど発病が助長され、穂の枯れ上がりも早いというのがこれまでにも観察されている。昨今はコンバイン収穫が主体であるから、早く落水して土壌の乾燥固化を促進し、収穫作業の能率化をはかるのが一般的傾向である。穂いもちの被害はこんなところにも関連してくるのである。

灌がい水の水質はいもち発生と深い関係があるといわれ、特に珪酸は水系によってその含量が異なり、含量の多い水系を利用した水田では発病が少ないと指摘する研究者(西門)もいる。最近の山林事情や河川改修の進行によって、従前の珪酸含量に大きな違いが見られるようになったことは注目すべきことである。

このことに関して、純情産地いわてにおける「つちづくりと施肥の方向」、JA岩手経済連営農技術室・生産資材部、平成7年の資料から引用して紹介する14)

  1. 年間の珪酸収支量から毎年の肥料施用の目安をたてる。この場合、玄米収量600kg、籾、わらの珪酸分はわら重750kgとして各々37.5kg、70.0kgとする。土壌からの溶脱量は20kgとする。灌がい水からの珪酸供給量は珪酸含量15ppm、年間用水量1,000tとして15kg、わらは全量還元等々を前提として珪酸収支を算出して施肥量を示している(10a当たり)。
  2. ところがこの基準として示された河川の天然供給量の珪酸含量15ppmは近年減少し、表示したように4.4~14.9ppmの値を示していて、昭和54~57年調査値の9.5~17.9ppmから著しく減少した。岩手県内の灌がい用水を利用している7つのダムの珪酸含量平均値は、前記昭和54~57年調査値14.4ppmであるのに対して昭和63~平成3年のそれは9.9ppmと大幅に減少しているのである。
  3. この減少の明確な証拠は出されていないが、
    1. 山林の樹木の減少で、雨が直ちにダムに流入しやすい。
    2. ダムから水田までの水路がコンクリート整備のため、土と接触しながら珪酸を溶かしてくる灌がい水ではなくなっていること等がその原因ではないかと推論している。

このように珪酸含量が15ppm以下の灌がい水では、いもち病発生の危険性が高いと県農試では警告している。

表13. 主要ダム潅漑水の珪酸含量分析値(岩手農試)(単位SiO2ppm)

●参考文献

  • 11)岩手県 昭和63年水稲いもち病等の多発要因の解析と防除(1989)
  • 14)JA岩手経済連 純情産地いわてにおける「土づくりと施肥の方向(1995)
  • 18)北日本病害虫研究会 北日本病虫研報 特別報告 1(1954)
  • 20)北日本病害虫研究会 北日本病虫研報 特別報告 5(1960)
  • 28)三浦春夫ら 山形農試研究報告 9(1975)
  • 29)三浦春夫ら 北日本病虫研報 26(1975)

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