いもちの素性を知る

第3章 発生生態

1.感染までの仕組み

毎年、いもち病菌は第一次伝染源を出発点として、イネ体上で次のサイクルで生活をくり返している。

第一次感染源→胞子形成→離脱・飛散→イネ体付着→発芽・付着器形成→イネ体侵入→組織内菌糸伸長→病斑発現(発病)→病斑拡大→胞子形成→離脱・飛散…→。

この生活史の各場面について以下に述べていく。

1)第一次伝染源

第一次伝染源とは次年の最初の発病をひきおこす根源を言うが、いもち病では被害わら、罹病種子、もみ殻、イネ以外の植物のいもち病などがあげられるが、さてその各々について詳しく検討すると、まだ不詳の点も多いのである。個別にそれらについてみてみよう。

(1)いなわら

いもち病にかかったわらを乾燥状態で貯蔵しておくと、病患部からはよく菌が分離できる。私はとくに節いもちの部分を分離に用いた。したがって古い時代の慣行であるわらの室内貯蔵、わら加工品(なわ、こも、むしろ等)等では十分に越冬し、翌春になって、種々の農作業材料として屋外に持ち出された場合には、温・湿度を得て胞子形成にいたり、それがイネ体上に飛来して伝染源となるケースである。今日でも量の多少はあっても、これが有力な伝染源であることには変わりないと思う。一方今日の主流であるコンバインによる収穫、細断いなわらの田圃への放置ではどうであろうか。東北地方のように、冬期寒冷で積雪の多い地帯では、これまでの調査では、散乱状態では菌は死滅し、越冬はできないと結論されていた。しかし、これを1mの高さに堆積しておくと、その内面では地面から30、50、80cmのところでは菌が生存していて、越冬することが証明されている28),29)。積雪前にこれらのすべてが圃場に薄く散布され、さらに秋耕で土壌中にすきこまれるのであれば、とくに問題になることはないであろうが、前述のような水田内、外での堆積は、翌春までの菌の生存を助け、伝染源として役立っていくものと推定される。この点に関し、さらに詳細な試験の実施を希望する。

(2)もみがら、いなわらと育苗ハウス

むかし1956年から、高標高地帯ではビニール畑苗代が普及して、健苗育成に力を発揮したことがあった。当時の苗代づくりは、ビニール被覆のために竹、木等で支柱と枠をつくり、さらにそれを結束するのになわを使用した。私はこれにならって、節いもちにかかったわらでなわをつくり、上記の結束用に使用して、この苗代内で苗いもち発生があるか否かを試験したことがある。併せて罹病したわらを苗代内につり下げて、ここで分生胞子形成があるか否かについても調査した。その結果、分生胞子形成を確認するとともに、苗の発病も認めることが出来た45),46)

当時は管理の都合上、この苗代は住宅のごく近くに設置されていたので、必然的に「積みわら」と接近していて、このことが苗いもちの発生を招く結果となったものである。

今日では前にも述べたように、コンバイン収穫のため、わら利用は少なく、したがって畑苗代でみられたような事例は、あってもわずかなものであろう。

箱苗代の現代では、以下に述べるようなケースが稀にみられるので紹介する。

箱育苗法が普及しはじめた1970~1975年にかけて、育苗ハウス内は連日の灌水のために地面がぬかるみ、管理作業が難渋したので、歩行路や箱の設置面に、もみがら、わらを敷きつめて、その解消をはかったものである。そのためにばか苗病といもち病の発生で苦労した問題があった。現在では経験も積んだので、このようなことも姿を消したが、当時はこの現象はすべて種子消毒剤の責任に転嫁され、電話で「この薬は効かない」とか、「こんな処方はだめだ」と苦情がよせられたものだった。当方も技術的に納得できないので、現場に行ってみると、上記のような実態であった。

このような失敗を重ねながら、今日の育苗技術が出来たのであるが、それでも稀にはまだ同じようなことをしているのが見受けられるのは、作業者の高齢化だけによるのだろうか?、1994年もこんな例があったので紹介しよう。育苗ハウスの出入り口近くにもみがらを堆積しておいたという(前年11月から移植後まで山積した)。育苗後期の2.5葉期頃から徒長(ばか稲病)が目立ったので、徒長苗を除去してから、外見上健全苗のみを田植えしたが、約1ヶ月後から本田で再び徒長苗が目立つようになった。育苗期間中は、外からもみがらが風に運ばれて、ハウス内に散乱するようになった…という。農家も営農指導員もその原因がつかめないで困っているとの電話が私あてに来た。

このことに関して、試験成績に添付して、次のように回答した。

  1. ばか苗病の発生は、苗箱に飛散したもみがらから感染したものであること(通常もみがらは保菌しているとみてよい)。
  2. 葉齢3葉まで感染・発病するから、このケースはこれに該当すること。
  3. ハウス内は高温で、潜伏期間(感染から発病までの期間)が短い(約10日ほど)。先に感染したものは移植前に発病(徒長)したが、おくれて感染したもの(もみがらのハウス内飛散は長い期間にわたってあったため)は、移植後はハウス内より低温であり、潜伏期間が長くなり、このことから6月中旬ころから発病することになる。これも現場の状況と一致する。
  4. 苗齢別の接種試験では、種子、鞘葉抽出時、本葉1葉期・同2葉期~同5葉期毎の菌接種で、3葉期まで発病、4~5葉期接種では発病しないこと(接種試験成績添付)。

以上は1994年新潟県でみられた実例である。このばか苗病発生の生態は、そのままいもち病発生にも同じく適用されるので、引用が長くて恐縮だが紹介した次第である。

(3)種子伝染

いもち病は、ばか苗病、ごま葉枯病とともに種子伝染することは古くから知られていたことである。また、種子消毒と塩水選の実施によって、これらの伝染源を除去、または殺菌することも重要な技術として定着していた。

種子を水につけたあととり出し、シャレーに濾紙を敷いた上に播いて、25℃前後に2日ほど置いてから、低倍率(30倍ほど)で調べてみると、もみの基部(護穎)に、霜降状の白い胞子が沢山形成しているのが観察される。ルーペを用いてみてもよい。もし、穂いもちの発生したほ場から採種した場合、その保菌状況を知りたいときには、播種前にこのような調査を行うのも、現場では大切な仕事であろう。箱育苗では種子消毒したあと播種しても、苗いもちが少量発生することがあり問題となる。

しかし、いもち発生のための試験法マニュアル(山形農試案)にも述べたように、実際にいもち病を意のままに発生させるためには、現実にそれほど頻繁にはあり得ないような操作を行ってはじめて可能となるので、その因果関係についての吟味を要望したい。

箱内の感染、発病、或いは本田内に長く放置される補植用苗の早発(本田移植苗の発病より早いこと)は、もみがら・いなわら等ハウス内外の動向(胞子形成時期、飛散など)とより深い関係があるように思うのだが、試験例が少なく、想像の域を脱しない。本田に放置された補植用苗の早発は、1、ハウス内の感染であり、それが本田でおくれて発病したか、2、本田内で生育量の増加に伴って過密となり、このため水滴の蒸散がおくれ、長時間のぬれによって、その頃飛散した胞子の侵入を許したか、或いは1、2とも関与しているのか?はっきりしない。現在では現象面の調査事例は多いのだが、実際に胞子形成の場所と時期、飛散の実態、補植苗上における行動、発病に至る時期と本田育成との関係など、納得のいく試験成績に乏しいのが実情である。

(4)イネ以外の植物

イネに病原性を示すPyricularia菌の自然発生する植物は、イネ以外に31種の植物で確認されているが、その中でタケ、ササ類を除くネズミムギ(イタリアンライグラス)、クサヨシ、ハトムギなどは冬期間枯死する場合は、イネ被害わらに準ずるとみてよいと考察されているし、またこれらの自然発病は、イネいもち病の発生後であることから、たとえイネに寄生性があったとしても、第一次伝染源にはならない。

イネ以外では、タケ、ササ類は生葉が着生したままで冬期間を経過するので、いもち病菌は、これらの生葉の組織内で越冬し、翌年の第一次伝染源となる可能性があると指摘する研究者もいるのでその概要を述べてみよう。島根大学農学部の糸井節夫氏らのグループは、1977年8月~9月に島根県下でタケとササの葉に、いもち病の自然発生しているものを発見した。この研究結果の要約は以下のとおりである7),8),9)

  1. このタケ、ササ類生葉の越冬前のいもち病斑は紡錘型が多く、越冬中と越冬後の病斑(1978年1~7月採集)は不規則大型が多い。
  2. 同年3月下旬移行Pyricularia属菌が寄生したタケを8県(鹿児島、熊本、広島、岡山、島根、鳥取、滋賀、和歌山)から、ササを6県(広島、岡山、島根、鳥取、滋賀、和歌山)から採集した。これらは全て越冬病斑であった。
  3. 供試したタケ菌16菌株、ササ菌5菌株はすべて供試したタケ、ササに病原性を示した。タケ菌、ササ菌とも噴霧法で人工接種が出来た。
  4. タケ菌13菌株のうち5菌株、ササ菌3菌株のうち1菌株はイネ(新2号、愛知旭の両方または新2号)に病原性を示した。
  5. タケ菌T300菌株は新2号、愛知旭、石狩白毛に罹病性病斑を形成したので、007レースであると判定した。
  6. 供試したイネ菌10菌株のうち、8菌株はタケに、9菌株はササに病原性を示した。T-2、C-1、C-8、N-2の各レースはタケ、ササ両方に病原性を示した。また、噴霧法で接種が可能である。
  7. 1978年1月下旬~8月下旬の島根県下での調査によると、Pyricularia属菌はタケ、ササ類の生葉の病斑内で菌糸で越冬する。越冬後も罹病葉は生存を続け、8月下旬に採集された。湿室処理により病斑上に高発芽率の分生胞子を形成した。
  8. 1977年秋、タケ菌(T300)を人工接種した鉢植のビロウドナリヒラと自然発生のケナシナリヒラを鉢植えにして室内においた。罹病葉は越冬し、8月中旬まで生存したものもあった。湿室処理により病斑上に分生胞子を形成した。
  9. 1978年6月22日、島根県広瀬町布部の水田に隣接した場所でみつけたマダケの罹病葉率は6.9%であり、越冬病斑であった。
  10. 1978年、島根県下のタケ・ササの生葉の越冬病斑上で、分生胞子形成は5月10~13日に認められた。タケの第一次初発病は6月1~5日に認められた。

以上が糸井氏らの報告内容である。このことからみれば、タケ、ササの罹病葉の組織(病斑内)で菌糸で越冬することが明らかなので、それはイネ罹病株の発病部位(例えば節いもち)で菌糸越冬し、翌年に温、湿度を得て、分生胞子を形成して、その年の第一次伝染源として作用することと全く異なるところがない。事実5月10~13日に分生胞子を形成し、6月1~5日にタケ上で第一次病斑を形成しているので、これは田植直後の時期に相当するから、タケ、ササ自生地(病斑形成葉を持っていることが条件)が水田に隣接しておれば、そこから水田内のイネに感染、発熱の可能性は十分に考えられるところである。

なお前項に述べた採集地のタケ8県とは鹿児島、熊本、広島、岡山、島根、鳥取、滋賀、和歌山、ササ6県とは広島、岡山、島根、鳥取、滋賀、和歌山の諸県である。

この報告にみられるPyricularia属菌の越冬する地域は、東北地方とは冬期間の気象条件が異なるので、この結果がそのまま該当するとは考えにくいが、東北地方でもタケの生育地は多いし(冬期は温暖な場所で自生の傾向はあるが)、ササ類においてはタケ類を上廻る多くの自生地を有するので、宿主量としては前記地域とくらべても遜色はない。

今日では実際にタケ、ササのいもち病が伝染源となってイネにいもち病が発生したという事例は確認されていないが、先に述べた越冬病斑上の分生胞子形成時期(イネわら上の形成時期やいもち病発生時期と一致すること)から考えて、第一次伝染源となる可能性は否定できない。

イネいもち病菌は、先にも述べたように、現在のところ完全時代(子のう胞子の形成)はイネ体上では見つかっていない。オヒシバ、シコクビエ菌との交配で実験的に確かめられたのみである。このようなことから推理すると、自然条件下で最もイネとの交流の可能性をもつタケ、ササ類いもち病菌について、菌の交雑についての検討が必要ではないだろうか。イネいもち病菌の新しいレース誕生のメカニズムや、イネいもち病抵抗性品種育成に対しての、示唆や新知見などが得られるかもしれないからである。東北地方において研究のとり組みを要望したい。

●参考文献

  • 7)糸井節美ら 日植病報 44.209-213(1978)
  • 8)糸井節美ら 日植病報 45.375-385(1979)
  • 9)糸井節美 いもち病、研究と実際場面から、No.4、武田薬品、日本イーライリリー
  • 28)三浦春夫ら 山形農試研究報告 9(1975)
  • 29)三浦春夫ら 北日本病虫研報 26(1975)
  • 45)渡部茂 北日本病虫研報 14(1963)
  • 46)渡部茂 東北農業研究 45、518(1979)

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