いもちの素性を知る

第3章 発生生態

3)分生胞子の離脱と飛散

病斑上に形成した胞子は、成熟すると分生子柄から離脱する。そうして空気の流れにのって飛散し周辺に拡散する。風雨によって運ばれてイネ体内に付着し、条件が満たされればそこから発芽、侵入して感染がおこり、順次拡大して伝播するのである。したがって、古い時代からこの胞子飛散量、状態を調査して、イネ体、気象等の要因と関連させ、以後の病気の発生状態を予測しようとする研究が行われたのである。

中でも1934年から長野県農事試験場で栗林数衛氏らによって精力的にこの仕事が進められてきた。その結果、イネ生育中の一定期間の胞子飛散状況と、くびいもちの発生との間に密接な関係のあることを発見して、その飛散傾向から出穂3~4週間前に、くびいもちの発生程度を正確に予察できるようになったものである。

戦後化学肥料の生産、使用が次第に増加し、これに伴って病害虫の発生も目立つようになった。農林省は病害虫発生予察事業に力を注ぎ、具体的には全国都道府県農試に予察職員を配置(人件費の補助)し、備品の整備や事業費等の助成措置を行った。調査事業では、いもち病発生予察のための手法として、この胞子採集法が採用され、各農試ではこれを実施したのであった(発生予察調査実施要綱による)。

私はこの頃岩手県農試に採用され(1949年)、そこで最初に手がけたのがこのいもち病菌分生胞子の採集調査であった。前述の栗林氏の胞子採集法が穂いもち予察に有効であるとの実証に基づくものであるが、この方法をマニュアル化するとともに、地域に適合した予察法を確率する目的で行われたものである。

栗林氏の胞子採集法によるいもち病発生予察の研究業績は、「稲熱病の発生予察に関する研究:昭27」で報告されているが、その一部は次のとおりである。

  1. 水田中で分生胞子の飛散好適条件は、8月中旬~9月上旬で20.5~21.8℃の比較的低温で、90%以上の高湿度が10時間以上持続する場合で、これは夜間の気象条件である。
  2. 胞子飛散時期は夜間で、昼間は飛散しない。日没後高湿度となり、午後10時頃から飛散が始まり、午後10時~午前2時に最高となり、午前6時~8時頃まで飛散する。
  3. 曇雨天で高湿時には、日中も分生胞子の形成、飛散がみられる。風があり乾燥する夜は飛散しない。
  4. 分生胞子の飛散と高さは、地上1m以下の草冠高で多く、1.5m以上で減少、24mでも僅かに飛散する。
  5. 胞子飛散でくび、ふしいもちの発生は、出穂後の降雨、多湿で多数飛散し、その数日~10日後に多発生。多発年は胞子飛散回数が多い。
  6. 胞子採集数は、採集器よりも採集合採集が多い。圃場の曝露日数は1日が5日間より採集数が多い等々である。

この業績のあと、鈴木、三沢、吉野、橋本、岩野各氏らが離脱と葉面水滴、風、降雨等多雨多面的な検討を加え、胞子離脱、飛散のあとにおこる株(葉)への定着(付着、発芽、付着器形成など)段階に解析が展開していくのである。各氏の検討内容は次のとおりである4),5),27),36),38),39),52)

以下主要な点にふれておく。

  1. 胞子の離脱には90%以上の高湿度が必要であるが、100%に近づくほど離脱量が多くなる。
  2. 気温は11~26℃の範囲では影響しないが、30℃、35℃と高温では離脱が悪い。
  3. 成熟した胞子は、露、溢泌液、雨等の水滴に触れると速やかに離脱、風速4m/s以上の風でも離脱する。
  4. 正常胞子の離脱は明暗の周期が必要で、明期に続いて6~8時間の暗黒期が必要。
  5. 胞子の離脱と飛散は夜半から早朝に多くなるが、晴天日には日の出とともに葉面が乾くので、この時間帯に離脱した胞子は、侵入に必要な時間が不足し、感染、発病には関与しない。18~0時(前日の夕方から真夜中まで)に離脱した胞子が発病と関係が深い。
  6. しかし曇雨天で葉の乾きが遅れると、5に述べた夜半~早朝の離脱胞子による感染が増大する。
  7. 1個の病斑から1日に離脱する胞子数は、発病後日数の短いw、p型病斑で800~20,000個、梅雨時期中のybg病斑で約50,000個に達する。
  8. 栗林氏が開発した胞子採集方法は、スライドグラスにグリセリン膠を塗抹して、これを地上1mの高さの板上に固定、水平に静置する簡単な方法であった。後に東大教授、明日山秀文氏によって、回転式胞子採集器が考案されて全国で使用されたのであるが、さらに鈴木氏は回転式胞子採集器を発明した。これは積極的に胞子を捕まえる方式で、従来用いられている静置式採集器(前述栗林、明日山方式を指す)に比較して、きわめて高い採集能力を持つので、水田に用いる場合には、夜中の1~2時間の作動だけで十分目的を達するほどである。現在県農試ほか多くの機関で使用されている。

表2. いもち病菌胞子の採集と時刻との関係

表3. 分生胞子の形成と湿度及時間との関係(昭和16年成績)

表4. 分生胞子形成と時間との関係(昭和15年成績)

表5. いもち病菌分生胞子の採集数の多少と発病の多少との関係

●参考文献

  • 4)橋本晃 植物防疫 30.7(1976)
  • 5)橋本晃 福島農試特別報告、2(1984)
  • 27)三沢正生ら 日植病報 25、1.(1982)
  • 36)鈴木穂積 北陸病虫研報 16(1968)
  • 38)鈴木穂積 北陸病虫研報 17(1969)
  • 39)鈴木穂積 北陸病虫研報 20(1972)
  • 52)吉野嶺一 北陸農試報告 22(1979)

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