いもちの素性を知る

第5章 病原菌のレース

3. 日本におけるレース分布

古い判別法によるレースの全国分布については、1954年からスタートした「稲熱病菌の菌型に関する研究」の共同研究の過程で各地域を分担して調査したレース同定の集計結果がある。

新しい判別品種体系では、1976年と1980年に全国調査を実施している。また、比較的近年の東北地方における分布調査は、東北農試が当該県の協力を得て、各地域を年度ごとに分けて調査した。その結果は、北日本病害虫研究会報に報告されている。

それらのうち東北地方におけるレース分布について述べてみる。

1)1986年の秋田県大曲、仙北地方及び山内村におけるイネいもち病菌レース11)

107菌種は6種のレースに分れ、その分布率は007が最も高く全体の64%を占め、003、037がこれに次いでともに15%であった。

地域別にみると、大曲市、仙北地方では007の分布率が最も高く、003と037がこれに次ぎ、033、077は低かった。山内村では037の分布率が高いうえ、上記地域にはほとんど存在しない047、077が分布していた。その理由は1980年から1983年にかけてPi-zをもつ品種やまてにしきと、Pi-k、Pi-zをもつアキユタカの栽培が全体の40~60%を占めていたことに原因するとみられている。

あきたこまち(Pi-a、Pi-i)の作付増加とともに、Pi-i型品種を侵害するレースの分布率は千畑町の80%を除き、各地であきたこまちから100%の分布率を示した。

2)1988年の宮城県・福島県で発生したイネいもち病菌レース13)

宮城県から分離された58菌株は4種のレースに分けられた。うちレース003の分布率が93.1%と極めて高く、その他の007、013、033は僅少の分布率であった。罹病品種6種は真性抵抗性遺伝子が+かPi-aのもののみで、品種はササニシキが大部分を占めていた。

福島県から分離された52株は5種のレースに分けられた。各レースの分布率は007が最も高く(73.1%)、次いで003であり、033、037は僅少であった。037b+はハマアサヒとその周辺のアキヒカリから分離されている。分離した標本の7品種の真性抵抗性遺伝子はPi-a型、+型、Pi-aPi-i型、Pi-i型、Pi-aPi-iPi-KPi-b型があって品種構成が複雑である。品種ではコシヒカリ、初星が多く、アキヒカリがこれに次いだ。

前回調査のレース003、007の分布率と今回の調査結果を比較すると、宮城県では変化はないが福島県では003が減少し、007が増加している。Pi-iをもつ初星の作付増加が原因と考察している。

表1. 日本における旧判別品種体系と、それによって判別されたレース

注)S:罹病性反応 M:中間反応 -:抵抗性反応(山田昌雄1987)

表2. 日本における新レース判別体系と、主要レースの反応

注)S:罹病性反応、一:抵抗性反応。(同上)

表3. 日本のいもち病菌レース判別体系における新旧レースの対比

(同上)

3)1990年に秋田県で発生したイネいもち病菌レース14)

秋田県から系統抽出した157地点から9月13日~25日に穂いもち罹病標本を採集し、湿室で胞子形成したものを材料として用いた。

その結果6レースが分離された。それらは003、007、033、037、107、307であった。レース007、037、107、307のように真性抵抗性遺伝子Pi-iを持つ品種を侵害できる菌株の分離率が全体の89%を占め、なかでもレース007の分離率が76.7%と著しく高いのが特徴である。

この10年前(1980)に行った調査では、Pi-iの侵害レース(007、047)の分離率は全体の15%であったから、この10年間にレース構成が大きく変化したことを示している。秋田県内部を北部、中央部、南部に3区分して、そのレース分布を比較すると、レース構成は地域によって若干異なり、Pi-i侵害菌株の分離率が県南部で高く(100%)、中央部でやや低い(62%)傾向が認められた。

このようなレース構成の年次間差、地域間差は、作付品種の真性抵抗性遺伝子型と密接に関係するものとみられる。1980年にはPi-iを持つ品種が2.9%しか作付されていなかったのに対して、1990年には良食味品種あきたこまち(Pi-a、Pi-i)の作付が急増し、また、たかねみのり(Pi-i)の導入もあって、Pi-iを持つ品種が57.8%を占めるようになった。圃場抵抗性が中~やや弱であるあきたこまちの急増に伴ってその侵害レースの密度が高まり、発病好適環境の到来によって、レース007などが増加したものとみられる。また、レース構成の地域間差についても、作付品種の真性抵抗性遺伝子型と関係が深いとみられる。県南部ではPi-i侵害レースだけが分離されたのはあきたこまちの作付率が特に高いことに由来し、また、県中央部におけるレース003の分離率が他地域より高いのはササニシキ(Pi-a)の作付率が高いことに起因していると推察している。真性抵抗性遺伝子型Pl-aのササニシキ、トヨニシキ、キヨニシキ、アキヒカリからのPi-i侵害レースが分離されるが、これは主要品種のあきたこまちに発生したレースがその地域にまん延し、周囲の多品種に伝播したものと推察される。

4)1991年に岩手県・山形県および福島県に分布したイネいもち病菌レース6)

レース調査は岩手、山形県では1980年以降、福島県では1988年以降行っていない。この間1991年には3県とも葉、穂いもちが多発したが、気象条件以外に本菌レース分布も多発生に影響したと考えたので、分布調査を実施した。

岩手県125、山形県42、福島県31地点から葉、穂いもち罹病サンプルを採取した。

岩手県では9レースが分離されたが、レース007の分離率が58%と最も高く、真性抵抗性遺伝子Pi-iを侵害できる菌株が全体の63%を占めた。この結果は、Pi-iを侵害できるレースの分布率が6%であった1980年と著しく異なった(分布率では10倍以上となっている)。岩手県では1991年は全作付面積の43.2%があきたこまち(Pi-a、Pi-i)や、たかねみのり(Pi-i)のようなPi-iを持つ品種で占められた。しかし、1980年には作付面積の91%がPi-a型品種で占められ、Pi-i型品種はほとんど作付されていない。Pi-iを持つ品種の作付けの急増によりPi-iを侵すレースの分布密度が高まったものと考える。

山形県では分離菌株の61%がレース003で、それ以外の菌株(分離率39.4%)はPi-iを侵害できるレースのみであった。このレース003の分離率は1980年の結果と同じだが、Pi-iを侵害できレースの分離率は前回より高い。岩手県と同様に、近年Pi-iを持つ品種の作付面積率が増加しており(1980年4.1%、’91年20.3%)、Pi-iを侵害するレース分離率の高まりはこの作付面積の増加によって生じたものであると考える。

福島県では分離菌株の52%がレース003、33%がレース007、15%がレース037で、1988年の007優先の場合と異なった。1988年には初星(作付面積率25%)で激発し、そこからレース077が広まり、優先したと考えられている。今回の調査では各レースの分離率は、ほぼ各抵抗性遺伝子を持つ各品種の作付面積率と比例していた。

3県調査を含め、本菌のレース分布状況は、各抵抗性遺伝子を持つ品種の作付面積に大きく影響されることは明らかであると結論している。

5)1995年岩手県で多発した「かけはし」といもち病菌レース

岩手県では1995年から本格的にかけはしの作付に入ったが、各地でいもち病が多発生し、安定生産上の問題となっている。この多発生要因のうち、気象、防除、施肥についての解析は、平成7年度指導上の参考事項に詳細に述べられているのでそれを参考されたい。ここではレースに視点をあてて述べてみる。

かけはしの真性抵抗性遺伝子はPi-iであり3)、この品種に置き換えられる前のたかねみのりのPi-iと同じである。岩手県の栽培品種ではこのほかにひとめぼれ、ゆめさんさがPi-iの真性抵抗性遺伝子型である。かけはしの場合はそれまで同じPi-iを有するたかねみのりが長期間栽培されていたから、この地帯ではレース007、017、037、107、137、307のいずれか、またはそれらの複数レースが長く存在していた筈だから、このレースはそのままストレートにかけはしに寄生出来たわけである。そのうえ圃場抵抗性がたかねみのりより弱いので、いったん感染すればたかねみのりに比較して多発生するのは当然の結果である。今後同品種の安定的栽培にはいもち病防除は不可欠の課題となる。

表4. 1990年に秋田県で分離されたレース

注)県北部:鹿角、北秋田、山本 県中央部:秋田、由利 県南部:仙北、平鹿、雄勝(園田ら1991)

表5. 1980年および1990年の秋田県における主要品種作付率

(同上)

表6. 1991年に岩手県、山形県および福島県で分離されたイネいもち病菌のレース

(小泉ら 1992)

表7. 1991年の岩手県、山形県および福島県における主要品種の作付面積率

(同上)

●参考文献

  • 3)岩手県 平成8年度稲作指導指針(1996)
  • 6)小泉信三ら 北日本病虫研報 43(1992)
  • 11)李家端ら 北日本病虫研報 38(1987)
  • 13)園田亮一ら 北日本病虫研報 40(1989)
  • 14)園田亮一ら 北日本病虫研報 42(1991)

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