いもちの素性を知る

第5章 病原菌のレース

5.レースの起源

新しい病原性をもつレースの出現はどのようにして起こるのかについては、これまでにいくつかの仮説が出されているが、最近になって山形大学農学部、生井恒雄氏の研究結果が注目されている。それらを中心に紹介する9)

1)新レース発生のメカニズム

(1)レース間の交雑(有性的交雑)

いもち病菌は培地上で有性世代が知られているが、野外のイネ体上では完全世代が発見されていない。したがって有性的交雑によって新しいレースが野外交雑で発生する可能性は極めて低いと考えられている。

(2)突然変異

病原性に関する遺伝子の突然変異によるレース生成の可能性は高いと今日では一般的にみられている。生井氏は山形県で「はえぬき」「どまんなか」に非親和性のレース003、103を「はえぬき」水田周辺の「ササニシキ」の自然発病穂から採集し、この2品種の穂に接種して、多くの分生胞子を形成させた。このように「はえぬき」非親和性レースが「はえぬき」の穂を通過することにより、「はえぬき」葉に病原性を示す新レースの生成現象は、突然変異による可能性が高いと考察している。

(3)菌糸融合に続く無性的交雑

内藤氏らは菌糸融合が高い頻度で生ずるレースとして303、033、077をあげ、これらを用いてコシヒカリ幼苗葉に2菌株を対じ接種(レース033×033、303×077)、または各レース単独接種苗をコシヒカリ栽植田内に各レース接種苗を互いに隣接させて混植した。その結果303と033菌株の対じ接種と混植区ともに、両接種菌株の病原性を合わせもった新レース333および133菌株が高い頻度で分離することが出来た。この新レース333、133の誕生は、試験用のイネ体上において、両菌の菌糸融合によって無性的交雑の結果生じた可能性が高いと結論している8)

セロファン膜上でいもち菌を培養して、菌糸融合から核融合に至る過程は顕微鏡で詳細に観察されており、同一レース、異なるレース同士の栄養菌糸が融合することと、その後無性的交雑の過程も明らかになっている12)

2)新レース生成が考えられるイネ体の部位

生井氏(1995)はこれまでの経験から、抵抗性品種の崩壊までにはある程度の時間が必要で(平均2.8年で外国稲由来の抵抗性品種が罹病化する・・・渡辺1980)、その理由は新レースの発生には非親和性レースが抵抗性遺伝子と遭遇し、しかも次世代が形成される(この場合は分生胞子のこと・・・注;筆者)場所が必要であると述べた。そして非親和性レースが感染できるイネの部位を次のようにあげている。

(1)葉身

葉身では一般に非親和性レースを接種すると大部分は褐色の小病斑を形成するか無病斑となり、そこには分生胞子は形成されない。しかし、ごく例外的な品種によって葉緑部や中肋などに崩壊部を持つ細長い病斑が形成される場合があり、ここでは胞子が形成される。

内藤氏7)はササニシキに病原性をもち、ふ系69、タチホナミに病原性をもたないN-1と、ふ系69、タチホナミに病原性をもち、ササニシキに病原性をもたないC-3を用いて試験した。まずレースN-1をササニシキに接種し、発病したときその病斑部にレースC-3を接種した。その6-13日後にこの病斑上の胞子をふ系69、タチホナミ幼苗に接種して病斑を形成させることができた。このことから親和性レースにより形成された病斑上で非親和性レースが増殖でき、胞子も形成されるとしている。したがって、葉身も場合によっては新レース生成の場となる可能性があるとみられる。

(2)葉舌・葉耳組織

この器官は本来感受性が高くて、野外では目立たないがよく観察すると早期に萎ちょうしているのがみられる。両組織には非親和性レースも侵入、増殖して分生胞子も形成するといわれている。

(3)穂

非親和性レースも穂に接種すると発病することはよく知られているところである。葉身接種法によって検定しているいもち病菌レース判定法は、穂では異なる場面を提供しているわけで、穂を別にして考えてみる必要がある。新レース生成の場としては当然ながら有力な部位であることにかわりない。

3)非親和性レースの通過で得られた変異菌

このことに関して生井氏は、穂を用いて検討しているが次のように述べている。

山形県庄内地方は古くから平坦地ではササニシキ(Pi-a)がほぼ単作的に栽培され、他品種の作付はみられていない。ところが、1992年から平坦部に「はえぬき」中山間地に「どまんなか」(ともにPi-a、Pi-i)が栽培され、品種交替がはじまった。したがってレース面からみれば003(Pi-a=ササニシキ)優占地域にPi-iを持つはえぬきの栽培は、真性抵抗性品種の導入とみなし、その罹病化の過程に注目した。

抵抗性品種が罹病化するときには、それに先行してその穂に微感染が観察されること、穂には非親和性レースが感染し、胞子形成がみられることの既知見から、上記の地域はこれにうまく一致する条件と考えたのである。

野外での罹病化現象の実証には、野外に発生した菌株を用いる必要があるので、はえぬき水田周辺のササニシキの自然発病穂上の非親和性レースを用いた。また、別のレースの外部からの混入を防ぐため、穂ばらみ期(即ち出穂前であることに注目)に注射接種する方法を採用した。

その結果供試したレース003、103の非親和性レース菌株は、ともにはえぬき、どまんなかの穂に感染し、多くの分生胞子を形成したと述べている。そして、複数の圃場から得た非親和性レースがはえぬきの穂を通過することにより、はえぬきに罹病性を示す新レース(葉身に典型病斑形成)を生成したとしている。

このようにそれまで栽培実績のない新たな真性抵抗性遺伝子をもつ品種も栽培年数が経過するにしたがい、次第にそれを侵し得るレースの増殖により罹病化のみちをたどるようになるのである。その後の発生量は品種固有の圃場抵抗性の強弱によって、或はまん延に好適した環境条件によって発生量の多少がきまるようになる。

●参考文献

  • 7)内藤秀樹 日植病報 45.272~274(1979)
  • 8)内藤秀樹ら 日植病報 54.3(1988)
  • 9)生井恒雄 植物防疫 49.12(1995)
  • 12)斎藤初雄ら 日植病報 58.4(1992)

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