いもちの素性を知る

第6章 発生予察

2)伝染源の密度を指標とした予察法

(1)胞子採集法による予察

いもち病の伝播拡大は、病斑上に形成した分生胞子の離脱、宿主上の定着、侵入によっておこることは既に述べた。

この胞子の飛散状況を胞子採集器を利用して捕捉し、その飛散量、時期等からその後の葉いもち、穂いもち発生の多少を予測しようとするものである。

この方法は1934年から1949年まで16年間もの長い間にわたって胞子採取法の考案と発生予察への利用に心血を注がれた長野県農試栗林数衛、市川久雄両氏の業績と、以後北陸農試で1953年から15年間研究された鈴木穂積氏の研究成果によるもので、とくに穂ばらみ期までの分生胞子採集数によって、穂揃期以降に発生するくびいもち、節いもちの発生が予測できるとしたものである20)

胞子採集法は次の3種がある。

ア 水平静置スライド法

グリセリン膠(グリセリン80mL、膠40g、水100mLを加熱して溶解させたもの)を塗布したスライドグラスを採集台に水平にセットし、予察田(毎年同一耕種条件下で、弱品種を多チッソで栽培し、一般栽培圃場に先だって発病が起こるよう配慮してある)の中央に設置する。スライドグラスは一昼夜曝露したあととり出して、その中央部の18×18mm内(カバーグラスの面積)に付着した分生胞子数を数えるのである。

イ 回転式胞子採集器

グリセリン膠を塗布したスライドグラスをアームの両端に垂直に取付け、これをモーターで回転させ採集する。この採集器は前項の水平静置式にくらべると採集効率が高いので、空中飛散の最も多い時刻に1時間作動させるだけでよい。いもち病の場合午前1~2時の1時間とする。この時間にタイマーをセットしておけば自動的に回転させることが出来る。設置位置は水田の中央部、高さ1.3mであるが半径1kmといった広域を対象とする場合は、8~17mの高所に設置する。採集胞子数は胞子の拡散状態で補正された値に変換し、予察時刻までの平均葉上水滴消失時刻や雨天日数率等の胞子侵入可能程度を考慮したうえで予察することにする。それによって広域的な、しかも高精度の予察が出来るようになる。

鈴木穂積氏が北陸農試で行った成果の中で、葉いもち発生程度を甚、多、中、少発生の4階級に分けた圃場における半旬別1日平均採集胞子数と葉、穂いもち発生程度の平均値の関係を表1に示した。

それによると、葉いもち、穂いもちともに多発年や地域では、早くから多くの胞子が採集できるのに対して、少発生年には胞子は遅れて採集され、その数も少ない。

胞子採集状況と葉いもちの関係は、採集数と葉いもち最高発生程度の間には7月1半旬以降に正の相関がみられ、とくに3半旬以降で高い。水平静置式スライド法では採集数が少なく、葉いもちの予察は不可能とされていたが、採集効率の高い回転式採集器では、7月1半旬以降になると、葉いもち最高発生程度について大体の予察が出来る点が注目される。同表から穂いもちとの関係をみると、6月5半旬から病穂率と高い正の相関々係が認められ、とくに7月3半旬以降は平均γ=0.880**の係数を示す高い相関があり、採集胞子数から穂いもち発生程度をかなり確実に予察できそうである。

以上から多発の場合は、採集日が早く、数も多いので7月3半旬になると確実に穂いもちの発生予察ができると述べている。これをそのまま東北地方に当てはめてみると、7月15日になると、その約20~30日後にみられる出穂とその感染、発病が概略判断できるから、防除対策にも十分な時間の余裕が得られることになり、予察効果は高いと評価できる。

胞子採集田に高さ1.3mに回転捕集器を設置して、1~2時の時刻に作動した場合について、採集胞子数による発生予察基準を求めて次のように示している(表2)。

また、胞子採集田の栽培条件と採集胞子数について吟味しているが、それによると、一定耕種基準による耐病性弱品種多肥栽培田では、採集田と周辺田の年次消長は類似しているから、採集田の胞子数を指標として差支えないが、多肥弱品種栽培田だけの調査では、その田だけ多発し、採集胞子数が多くなるし、また採集田に隣接して激発田があると、採集数と発病に不一致を生じるから不適切と述べている。これに対し、胞子採集田が周辺水田と似た発病状態を示す標準施肥田の場合は、採集数が採集田や周辺水田の発病程度と似合ったものとなる。したがって一般水田の耕種基準に準ずる採集田が比較的利用しやすいことになろうと述べた。

ウ 幼苗曝露法

胞子採集器では採集できない胞子密度の著しく低い時期、すなわちいもち病初発生日以前の胞子飛散の有無を知る目的に使用される。今日各地で本田の早発が問題となり、それが補植用苗からの感染か、いなわら、もみ殻等一般的な越冬源からの飛散によるものかが知られていない場合がある。そのような時に本田内か畦畔上にごく弱い品種(一般に蒙古稲を用いることが多い)を置き、後に回収して温室で発病を促し、初発日を早く予察しようとするものである。

具体的には径10cmの鉢にごく弱品種の苗を20本ずつ、多チッソで5葉期まで育成する。1~3日間水田内に曝露した後、25℃の温室に1日間保って、発現した病斑数を調査する。このことによって、初発の7~18日前に胞子飛散のあったことが推定でき、これによって葉いもち初発生日を早く予察しようとする。

表1. 発生程度別の半旬平均1日採集胞子数と葉・穂いもち発生程度との相関

注:*農林省農政局「普通作物病害虫発生予察事業実施要領」(1965)(鈴木穂積 1969)

表2. 回転式胞子補集器の採集胞子数によるいもち病発生予察基準

注)葉いもち病程度――病害虫発生の調査基準(農蚕園芸局)による。(鈴木穂積 1969)

(2)葉いもち発病度のよる予察

前に述べた胞子採集法による予察では、採集した胞子数の調査が繁雑で、しかも連日スライドグラスの調査と交換も必要なため、その実施には困難を伴うことが多い。

私は岩手農試に就職して最初に担当した仕事がこの胞子採集に関する調査であった。実際に担当してみると、他の業務の関係で出張して留守になるような時には、調査するスライドグラスの量が多くなって、後にその調査に集中するケースが避けられなくなる。タイミングが重要な内容だけに苦労することが多いのである。

このような欠点を回避するため、胞子形成源である葉いもちの発生状況を直接調査することにより、その後の葉いもち、穂いもち発生動向を予測しようとするのがこの方法である。胞子飛散量調査に対して、その形成源を直接的に把握し、ある時期の葉いもち発病度を指標として穂いもちを予察するのに利用されることが多い。とくに穂ばらみ期の葉いもち発病度や上位葉の罹病度などがよく利用されている。また、松橋氏13)らはこの上位葉の発病に加えて、籾いもちの発病調査結果も穂いもちの後期発生の地域性を把握するのに役立つと述べている。

病害虫発生予察を担当する各県の病害虫防除所は、機動力も整備されたので、葉いもち発生の実態調査は入念に行われているのが実情である。それによって以降の葉いもちの進展と穂いもちへの予測に役立てている。

1974年加藤氏ら8)が明らかにした穂いもちと葉位別葉いもちとの関係以来、上位葉の葉いもち発生が重視されるようになってきた。すなわち、止葉、n-1葉、n-2葉の病斑数と籾いもち、くびいもちの相関が高いこと(籾いもちでは+0.89、+0.93、+0.82、くびいもちでは0.81、+0.92、+0.86の相関関係を示している)に基づくものである。

小野氏は15)「いもち病菌の隠れ家-葉節いもち」の項で、葉節部はいもち病にかかりやすく、発病しても赤、褐色の目立つ色を出さないので気づかないことが多いが、胞子形成は多いので、止葉葉節の場合は出穂の時に穂首、枝梗、籾等に胞子がつき、発病する。また、ここの胞子は葉鞘と桿の透き間を夜露、雨水といっしょに流れ降り、節部に付着、ここで節いもちを起こすチャンスが多い。このため首いもち、節いもちが予想外の大発生になったりする。出穂期前には丹念に葉節いもちの有無を調査することが発生予察につながると述べている。

●参考文献

  • 8)加藤肇ら 農技研報告 C28(1974)
  • 13)松橋正仁ら 北日本病虫研報 41(1990)
  • 15)小野小三郎 いもち病を探る日本植物防疫協会 156~157(1994)
  • 20)鈴木穂積 北陸農試報告 10(1969)

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