いもちの素性を知る

第7章 いもち病の防除

東北地方と岩手県の稲作にとって、いもち病による減収は第1章にも述べたとおり、紋枯病をはじめその他病害虫による損害額をはるかに上廻るものであって、その発生量、程度、防除の成否はその年の作況を左右するほどである。

農水省作物統計から最近13ヵ年(1983年~1995年)の被害量をみると、収穫量に対する全被害量の割合は、全国10.3%、東北13.0%、岩手14.6%でそれほどの差ははみられないが、うち気象災害では同じく62.8%、77.2%、82.6%で、稲作にとって東北、岩手県地方は冷害その他の影響の大きいことが数字上からもはっきりと読みとれる。

いっぽう全病害の被害量に占める割合は相対的であるから、同じく28.9%、20.6%、17.2%を示した。いもち病被害の全病害での比率は同じく59.7%、84.4%、90.7%であり、相対的にも東北、岩手県のそれが高い。換言すれば東北地方と、とくに岩手県においては、いもち病の被害が全病害被害量の約8割と9割を占めるから、この病気の防除をいかに完壁に行うかが大きな課題となるのである。

いもち病の発生は多くの要因が複雑に関連しているが、簡略化してみれば、

  1. 病原菌(レース、分化型、伝染源)
  2. 環境(気象条件、栽培条件、立地条件)
  3. イネ抵抗性(真性抵抗性、圃場抵抗性)

によって支配されるから、その関連要因の一つでもうまく制御できれば防除が可能であるけれども、現実には成功していないのが実情である。

例えば真性抵抗性の利用による日本稲に対する中国稲、インド稲の抵抗性遺伝子の導入は、1963~1964年以降に高度抵抗性品種の罹病化現象によって崩壊し、その安定的利用は困難となってきた。その他の要因についてもその制御はむずかしい。

したがって現在、いもち病防除は薬剤に依存する度合がきわめて高いのであるが、優れた防除薬剤の出現にもかかわらず、いっぽうでは多発生条件下(異常気象、良食味し好=抵抗性弱品種の栽培など)における適切な散布が不可能な社会情勢(労働力不足、高齢化、機械装備不足など)、環境汚染、耐性菌の発生、特別栽培米等にみられる消費者の要求と生産、販売者の対応など薬剤防除自体が多くの問題をかかえている状態である。

近年は多発生状態が頻発しているが、その原因は自然条件(環境条件)よりもむしろ人為的条件によるところが大きいと言わざるを得ない。この背景を認識しつつ発生に関与する諸要因を可能な限り制御し、総合的な防除対策を講ずることが肝要である。

1. 抵抗性品種の利用

1)真性抵抗性の利用

真性抵抗性遺伝子を持つ品種の利用は最も合理的で経済的な防除法ではあるが、これまでにも述べてきたように、やがてそれらは罹病化してきて、単一品種を長期的に栽培することは困難になっている。その原因は真性抵抗性品種を侵害する新しいレースの増殖があるからであり、したがって早い段階において新レース増殖が把握できれば、他の品種に切り替えたり、薬剤防除の対策も可能となろう。このような考えから、岩野正敬氏ら9)は東北農試(大曲市)において、抵抗性遺伝子型の異なる12品種をレース検定用育苗箱に播種し、多肥条件で4~5葉期まで育苗し、面積約50aの園場に3~7日放置してから回収して罹病型病斑よりレースを推定した。その結果11レースの発生を確認、圃場内における9月1~5日の推定レース分布密度は003(34.3%)、007(40.3%)、033(17.8%)、その他(7.6%)であった。この推定レース分布密度から計算した各品種に罹病性を示すレースの密度は罹病型病斑数比率とよく一致した。このことから、罹病型病斑数比率を調査することによって品種の抵抗性遺伝子型別に病原性を示すレースのおおよその分布密度が推定できるとしたものである。真性抵抗性遺伝子を侵す新レースが検出されたら直ちに対策を講ずることができると考えたのである。したがって真性抵抗性品種の罹病化の段階で直ちに異なる抵抗性遺伝子を持つ品種に切り替える、いわゆる交替栽培は罹病化対策の一つの方法である。しかし、この前提には新しい抵抗性遺伝子を持った実用(良質、多収)品種を常に用意しておかねばならないから、必ずしも実用的な対策とは言えない面がある。

近年になって真性抵抗性の異なる品種の混合栽培の研究が行われるようになってきた。いもち病については進藤敬助氏27)が東北農試(大曲市)で抵抗性遺伝子型の異なる品種を混合栽培すると、それらの単独栽培の場合よりも発病がかなり減少する現象を報告したのがはじまりのようである。

それによると、Pi-k、Pi-a・Pi-iの抵抗性遺伝子型を持つ3品種ふ系169号、東北108号、トヨニシキ(試験1)と、び系91号、ミヨシ、農林41号(試験2)を用いて、それらの単独栽培の場合と3品種の混合栽培の一株当りS病斑数、穂いもち発病指数を調査している。そして葉いもちでは発病が明らかに少なく、混植による抑制効果が有意に認められた。穂いもち発病指数、収量では有意差はみられながったものの葉いもちと同様の傾向を示していた。

このように同一圃場に異なる品種を混植することによって、いもち病の発生を抑制できることから、混植栽培自体は実用性に乏しい栽培技術であるが、多系品種の育成と導入(抵抗性遺伝子型は異なるが、ほかの特性はすべて同一の系統)は実用的に有望であるので、この点についての状況について以下に説明する。

宮城県古川農試では品種ササニシキを育成して(岩手県では1964年から奨励品種となる)、以来宮城、岩手県等では主力品種として長いこと栽培されてきた。この間1971年、1974年、1976年、1988年、1991年、1993年などに相次いでいもち病の大発生がり、ササニシキは大きな被害を受け、その他の年次においてもつねにいもち病の発生に見舞われてきた。

しかし、銘柄米として高い評価を受け、良質米として優遇されていたから、「いもちに弱い」の評価だけで他品種に交替することは困難な状態であった。

(1)宮城県におけるササニシキのマルチライン育成といもち防除への利用14),17),18)

前に述べた経過からササニシキの基本的特性を変えないで、いもち抵抗性だけを強化しようとして、育種の容易な主動遺伝子支配の真性抵抗性遺伝子をササニシキに導入した同質遺伝子系統を育成、いもち病の発生を抑制しながら、ササニシキの銘柄で流通できる多系品種を利用したものである。

育成の経過は、模式図に示したように、ササニシキを母とし、いもち病抵抗性遺伝子を持つ品種を父として交配し、出てきた子供に再びササニシキを交配するという操作を6~7回繰り返して、抵抗性遺伝子だけが異なるササニシキを育成するという方法である。

導入しようとしたいもち病真性抵抗性遺伝子は+,Pi-i,Pi-k,Pi-km,Pi-z,Pi-ta,Pi-ta2,Pi-zt,Pi-bの9種類である。この真性抵抗性遺伝子を持つ品種、系統をササニシキと一回交配し、そのF1以降はいもち病菌(003レース)の接種により真性抵抗性を持つ個体を選抜しながら、ササニシキを反復親として戻し交配を進め、それを5~8回繰り返して系統の選抜固定を図ってきたものである。この結果東北IL~9号の地方系統名がつけられ、さらにこの中から東北IL3号、東北IL4号、東北IL5号、東北IL8号が1994年に奨励品種に採用され、この4系統を一括して「水稲農林同質327号」に登録、「ササニシキBL」と命名されたものである。各系統の登録番号は東北IL3号が水稲農林同質327-1号に、以下東北IL4号が水稲農林同質327-2号に、東北IL5号が水稲農林同質327-3号に、東北IL8号が水稲農林同質327-4号となった。今後真性抵抗性を持つ同質遺伝子系統が育成された場合は、同じ登録番号の5号以降に追加されることになるという。

以上の系統は1995年に種苗法に基づき、それぞれ「ササニシキBL1号」、「ササニキシBL2号」、「ササニシキBL3号」、「ササニシキBL4号」として品種登録された。

このようにして育成された真性抵抗性遺伝子の異なるササニシキBL1~4号を数種混合して栽培することによって、種々のいもち菌レースが分布している状況の中で、いもち病の発生を抑制しようとするものであり、既に現地試験の結果から効果が証明されている。またこれらBL構成系統のイネ(生産されたコメを含む)としての諸特性はササニシキとほぼ同一であり、実用上の問題はないとしている。

以上述べてきたのが宮城県で推進しているササニシキBLの育種概要である。この多系品種の普及推進に当たっては、各系統ごとに原・原種の維持、原種の生産、混合系統及び混合比率の指示、採取圃農家での種子生産等は県の責任において実施し、自家採種は認めないこと、いもち病菌のレース分布調査も県が検定すること、いもち病防除は万一の発病に備え、無防除ではなく、穂いもち対象に1回防除すること、いもち病以外の病害虫防除と他の肥培管理はササニシキ同様とすること等細かい点まで配慮している。

さらに生産物はササニシキとして検査を受け、ササニシキとして出荷、流通することにしている。

なお、参考までに「ササニシキBL」のBLとはいもち病の英名BlastDiseaseからとったものであることを申し添える。

図1. 戻し交雑による同質遺伝子系統作出模式図

表1. 東北IL1~9号の真性抵抗性遺伝子源、戻し交配回数及び世代

表2. 「ササニシキBL」の現在までの構成系統

表3. 東北IL系統及び混合栽培におけるいもち病発病状況(いもち病無防除)

表4. ササニシキBL構成系統の諸特性

図2. 「ササニシキBL」種子生産の仕組み

2)圃場抵抗性の利用

イネ品種はいもち病に対する抵抗性によって大きくみれば抵抗性品種と罹病性品種とに分けられるが、しかし、その中間的なものもあって、どちらに入れるか判断に迷うものである。両者の間は連続的であり、厳密な意味での一線をどこに引くかは困難な場合が出てくる。だが多くの品種を対象とした場合に、明らかに抵抗性のグルーブと罹病性のグループは別の集団として認識される。

わが国で抵抗性をみるときに最も一般的に用いられている真性抵抗性と圃場抵抗性という用語は、ジャガイモ疫病に対して用いられた用語の訳で、Trure resistanceとField resistanceがそれに当たる。それによれば真性抵抗性は過敏感反応による抵抗性、圃場抵抗性は品種の圃場条件で示す抵抗性で、発病の始まる時期や、プロットにおける発病の増加に関する速度として認められるという(稲いもち病、P226.1987)。

この定義に関しては学者によって若千の相違の見られるのが実情である。定義づけに若干の混乱がみられる原因の一つは、抵抗性を分類する場合に分類基準として内容的に異なる機能的側面と遺伝的側面とを一つにまとめて表現しようとしたことにあるとみられる。機能的側面というのは、宿主と病原菌の相互作用を基本としているから、イネといもち病菌との関係で、発病するかしないかという場面と、発病した場合の発病程度がどの位がという場合に分けることができる。また、発病という用語も作物(イネ)側からみた場合と、病原菌側からみた場合でそれぞれその内容が同じではない。

しかし、現実には真性抵抗性はレース判定のための接種法によって罹病性病斑を作るか否かを支配する抵抗性であり、レース特異的抵抗性と呼ぶことが出来るし、また、圃場抵抗性はイネ品種が罹病性を示した場合の発病程度を支配する抵抗性、すなわちレース非特異的抵抗性と理解すればわかりやすい。したがって、圃場においていったん発病した場合に発現する抵抗性と解釈すればよい。もちろん圃場ではイネの生育、発病に関係する環境条件が複雑であり、その抵抗性を客観的に判定するには、年次変動がなく発生して品種のもつ特性をよく把握できる場所や検定方法などを確立しておく必要がある。また、短期間に圃場抵抗性を知りたい場合は、レース分布に配慮しながら検定場所をふやして、発病程度を調査し、その傾向を知ることが必要であろう。

(1)葉いもちと穂いもちの圃場抵抗性

葉いもちの圃場抵抗性と穂いもちの圃場抵抗性は異なる品種のあることが経験的に知られている。

例えば岩手県では1951~1960年に奨励品種であった藤坂5号という品種は、葉いもちに強いことで知られ、このため多肥栽培にも適する多収品種として好評であった。これに反して穂いもちに対しては弱くて多発した。これは前述のように目につきやすい葉いもちには罹病しにくいことから肥料の多施用となり、その影響が穂いもち多発となった側面もあるかも知れない。

この逆の現象として葉いもちに弱く、穂いもちに強い抵抗性を示したものとしては「こがねもち」があげられる。

しかし一般的にみるならば、葉いもち、穂いもちの圃場抵抗性はほぼ平行的であるとみてよいと思われる。

(2)岩手県の主要品種と圃場抵抗性

平成7年度稲作指導指針;岩手県(1995年2月)では主要品種のいもち病抵抗性を真性抵抗性と関連させて表示している12)(表5)。

圃場抵抗性弱~中グループには真性抵抗性推定遺伝子Pi-aを持つササニシキ、チヨホナミ、こがねもち、Pi-iを持つひとめぼれ、かけはし、ゆめさんさ、Pi-a,Pi-iを持つあきたこまち、美山錦があげられている。

これに対してやや強~強グループにはPi-aを持つコガネヒカリ、トヨニシキ、カグヤモチか、Pi-iを持つたかねみのり、Pi-kを持つヒメノモチ等があけられている。

同一の真性抵抗性遺伝子をもつものの中で、圃場抵抗性はそれぞれ弱と強に分けられるものが存在することは、栽培上で重要な意味を持っている。その好事例は1995年における「かけはし」のいもち多発生であった。

品種特性からこの品種は中山間地帯(主として県中から北部)を対象に栽培を推進してきたが、この地帯はそれまでは同じ真性抵抗性遺伝子(Pi-i)を持つたかねみのりが主体であった。このたかねみのりは圃場抵抗性が強いから、これまではいもち病は発生してもそれほど問題となるようなことはなかった。

抵抗性遺伝子Pi-iを持つ品種を侵害し得るレースは007,017,037,107,137である。これらのレースは長期間たかねみのりの栽培によって、この地域では優占レースになったことは間違いないところである。この条件のところに同じ抵抗性遺伝子を持つかけはしが一斉に栽培されたものであるから、圃場抵抗性の強と弱との差がストレートに出て、大きな問題となったのである。加えて、農家側の薬剤散布による防除の不馴れ(それまでの少発生による)、いもちに弱い品種特性のPR不足などが重なった結果とみることができる。

岩手県内のレース分布調査は1991年に東北農試が検定した結果があるが、それによると前掲のレース007,017,037,107,137のPi-iを侵害するもの(これらのレースはPi-ks,Pi-aを持つすべての品種と、Pi-k,Pi-km…037,137,Pi-ta…107,137の品種、レース関係をもつ)の分離率は、サンプル総数90点のうちで007~56.7%、037~1.1%、107~1.1%、307~1.1%などであり、その大部分は007レースで占められている。このレースはPi-aを持つササニシキ、チヨホナミ、こがねもち、コガネヒカリ、トヨニシキ、カグヤモチと、Pi-iを持つひとめぼれ、かけはし、ゆめさんさ、たかねみのり、Pi-aとPi-iを持つあきたこまち、美山錦を侵すから、現在の主要品種の大部分はこのレースにより感染発病する。

稲作指針では圃場抵抗性別の品種作付割合の推移(1985年から1994年まで)も図示しているが、それによると平成元年からは弱~中品種の割合が強品種と逆転して上廻り、現在ではその比がほぼ8:2となっている(図3)。今後も良食味を主要なポイントとした新しい品種の導入が行われようが、それらは圃場抵抗性が弱~中グループに属するものが多いと予想されるから、正確な圃場抵抗性程度の検定と、品種構成に応じた地域内の防除対策を講じていく必要がある。

表5. 主要品種のいもち病抵抗性(圃場抵抗性)

図3. いもち病圃場抵抗性別の品種作付割合の推移(同上)

●参考文献

  • 9)岩野正敬ら 北日本病虫研報 33(1982)
  • 12)岩手県 平成7年度、稲作指導指針(1995)
  • 14)松永和久 農業技術51.4(1996)
  • 17)宮城県編 平成7年度、稲作指導指針(1995)
  • 18)宮城県稲作安定生産本部 農政部農産課資料(1995)
  • 27)進藤敬介 北日本病虫研報 28(1977)

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