いもちの素性を知る

第7章 いもち病の防除

2.第一次伝染源の処理

1)種子対策

いもち病菌は保菌種子や被害わらで越冬し、次年度の第一次伝染源となることは明らかで、古くから指摘されていたところである。このことを証明する手軽な実験法を述べてみよう。先ず穂いもちの目立つ圃場からとった種もみを用い、これを半日か1日程度水漬けしたあとシャーレに濾紙を敷いた上に置くか、水漬けしない乾燥籾をそのまま水を含ませた濾紙上に置くかして25℃程度の恒温器内に2日ほど定置する。それを拡大鏡で調べると籾上に「霜ぶり状」の胞子が沢山形成するのが観察される。とくに籾基部や護穎周辺に形成が多い。さらにそれがいもち病菌の分生胞子であることを確認したい場合は、その部分をかきとり、低倍率の顕微鏡で観察すれば十分である。この手軽な方法を利用して、当年使用する種子の保菌状況を調査し、種子消毒法や塩水選の徹底などの技術指導に役立てることもできるのである。

水苗代や保温折衷苗代では床面が湛水状態であるために、水中では菌の生育が不適当な環境であって種子伝染の可能性は低かったが、今日のような箱育苗方式では、種子上の病原菌が第一次伝染源として重要な地位を占めるようになってきた。

育苗箱の環境を上記の水苗代等と比較すると、多量の種子を密播すること、薄く覆土して高温、多湿で出芽させること、培土間に適度の空間があって、通気性もよいこと(粒状培土)等により、発芽後から苗が接触したまま生育するから、はじめごく少数の保菌状態であっても、周辺苗への拡大もあるので発生が目立つようになってくる。

鈴木穂積氏ら29)は籾上に胞子形成を認めた種子のみを供試して、播種したあとの菌の生存について試験した。その概要は次のとおりであった。

  1. 罹病種子を播種しても苗いもちを起こさない場合が多い。このような苗は健全に見えるが、播種30日後の草丈が健全種子苗に比べてやや短い。
  2. これらの苗上での菌の生存をみるために湛水状態と畑状態とし、畑状態では覆土の厚さを0,0.5,1,2cmとした4つの区を設けた。その結果、湛水状態では菌の生存を認めなかったが、畑状態では各区平均して約30%の生存がみられた。
  3. こがねもちなど10品種を用いて調査したが菌生存率や生存部位(調査部位は籾、根基部、鞘葉基部)には品種間差はみられない。
  4. 無発芽の罹病種子の播種後における菌生存期間は、湛水状態で10日間、畑状態では覆土の有無にかかわらず30日以上であった。
  5. 抵抗性遺伝子Pi-a,Pi-k,Pi-i,Pi-zをそれぞれもつうえ、さらに圃場抵抗性強、弱の品種を1つずつを供試し、これに非親和性菌型2種と、親和性菌型1種を接種して得た罹病種子を播いて、播種35日後の菌生存率を調べた。それでは生存率は4~81%と品種、菌型によってかなりの巾があったが、菌型の親和、非親和、品種の園場抵抗性程度とは無関係であった。
  6. 以上のことから、罹病種子は苗いもちをおこさなくても、畑状態では菌が生存し、条件が得られれば第一次伝染源となる可能性を持っている。また、非親和性の菌型でも親和性菌型と同様に種子中に菌が潜在していて、第一次伝染源となり得ると考える。

種子に潜伏、付着したいもち病菌によって苗もちが誘発されるとすれば、これをどのような手段で防ぐかが技術対策として求められる。このことについては古くから(水苗代の時代から)塩水選と種子消毒の実施が重要として奨励されてきた。

種子消毒についての経過をみてみよう。

伊藤誠哉・木村甚弥両氏8)はイネばか苗病に関する研究の中で、ホルムアルデヒド溶液への種子浸漬法が種子伝染病害に有効であると述べ、具体的には種籾は浸種後播種直前にフォルマリン100倍液に1時間、または50倍液に30分浸漬消毒して播種すれば種子に薬害なく防除できると述べた。そのうえで基礎的実験の結果から、ばか苗病菌は主として種籾といなわらで越年することを証明し、その第一次伝染源の防除には被害籾の除去、種子消毒、被害いなわらの処分が最も必要であると述べている。

この報告は当然ながらいもち病の種子伝染にはふれていないが、この伝染経路(罹病した種子、わら、もみがらによる越冬と第一次伝染源のこと)は、そのままいもち病やごま葉枯病にも適用されるものであり、この3種病害の間には差がない。したがって、このあとの種子消毒法の普及に当たっては、いもち病、ばか苗病、ごま葉枯病を含めた処置として取り扱われている。

このホルマリン消毒法は後に改良され、岩手県では次のような方法で行われるようになった。

  1. 種籾は1~2日間浸種したあと水を切っておく。
  2. 50倍のホルマリン液に20~30分種籾を浸漬した後にとり出し、3時間ぬれたむしろで被覆する。
  3. そのあと水洗いしてから再び浸種し、所定の日数(約7~10日間)おく。

このホルマリン消毒に次いで1937年にドイツから水銀製剤1号(ウスプルン)が輸入されて使用されるようになり、1942年からは国産されるようになってきた。さらに1944年からは水銀製剤2号(メルクロン)が国産品で登場して使用された28)

1949年以降には保温折衷苗代の普及でばか苗病が多発し、さらに1960年頃からビニール被覆の畑苗代の普及でいっそうその発生が顕著となってきて、種子消毒の重要性が高まってきた。保温折衷苗代普及と併せて、使用の簡便化をねらった水銀錠剤の開発が相次いで行われ(例えばウスプリン錠剤、錠剤ルベロンなど)、これは1965年ころまで広く使用されるようになった。

農水省の非水銀系農薬の使用促進についての通達を契機に(1966)、各社の非水銀系種子消毒剤の開発も進んで、1971年からベノミル剤、1973年からチュウラム・ベノミル剤、チュウラム・チオファネートメチル剤が登録され、その翌年からそれぞれ県防除基準に採用された(岩手)。その後もトリフルミゾール剤、ベフラゾエート剤、プロクロラズ剤、イプコナゾール剤が開発されて今日では多数の種子消毒剤が市販されている状況にある。

消毒法も多様化し、大型消毒機の開発による大量種子の処理にむけてた吹付け法の普及や粉衣法、浸漬法などが実用化している。

これまで述べた経過の概要は、主として育苗様式の変化に伴って多発したばか苗病を中心として展開してきたが、現在では種子伝染によるいもち病の発生や、各地で多発している細菌病類の完全な抑制をねらった種子消毒剤、消毒法の開発に問題が移行しつつあるように考えられる。農家の実体をみるとき、処理法の簡便化が重要課題であるから出来うれば1剤でいもち、ばか苗、ごま葉枯、籾枯細菌、苗立枯細菌病のすべてに有効な薬剤と使用法の開発が待たれる。

2)もみがら、被害わらの処分

本病の第一次伝染源についてはすべてに述べた。

それに関与するものとしては、種子といなわら、もみがらをあげておいた。

この項ではさらに補植用の残り苗の処分についてもふれることにする。

(1)被害わらの処分

手刈りによってイネが刈取られていた時代には、水田に放置されるわらの量は少なかった。この時代に水田上に散乱しているわら上で菌が生存し、越冬するかどうかを発生予察事業の一環として調査した経過がある。それによると東北地方では菌の越冬は不可能とされたが、これは冬季の積雪、地表凍結などによるためと結論された。現在はコンバインによる収穫が主体であり、わらは細断されてもみがらと共に水田上に放置される。それは収穫作業が終わった後もしばらくは堆積されたままで放置される場合があるので、前述の手刈り時代のような少量わらの放置散乱とはかなり条件が違うと考えられる。このような視点から山形農試、三浦氏ら15)は15cm,1mに堆積したわらでの菌の越冬調査を実施している。それによると15cm堆積では上面や内部に罹病穂を置いても越冬は認めないが、高さ1m堆積わら内では内面(地上80、50、30cm)に置いたときに越冬が可能であると述べている。この試験の最終調査は、翌年4月13日(1973年)、4月20日(1974年)であるから、東北地方では田植のための代かき作業頃に当たる。したがってこの直後の苗移植では、条件によってはここから苗の感染の可能性は十分に考えられる。この試験結果から、さらに追跡を展開して、代かき後の消長、代かき作業で畦畔にうち上げられたわら上での生存の可能性と消長、わらの秋鋤き込みと春鋤き込みの関係などを明らかにしてほしいものである。わらの室内貯蔵では乾燥状態に置かれるために、菌の生存は長く、越冬に好適している。ハウスや納屋に格納したわらを春になってから使用する際は、育苗場所や水田の近くで使用することは最も危険である。

このことに関しては次のような調査がある。

秋田県防除所・深谷富夫氏ら4)は、水田周辺の転換畑でスイカ栽培した圃場が敷わらされていることに注目した。この周辺水田では早期にいもちの発生を確認したが、それは6月19日と6月24日の2回に感染したと推定、いもち病斑(pg,ypgの2型形成)からの感染期推定と一致したと述べた。また、かぼちゃ、みょうが、きゅうりにも敷わら、籾がら利用のケースが多いが、これは水田に近い場合にいもち病の伝染源として重要であると指摘している。

また、岩手県農試武田真一氏30)は、育苗ハウス周辺における籾がら、わらからのいもち病菌分生胞子の捕捉を行い、下屋保管のいなわら(節いもち)、ビニールハウ裾のビニール隙間の籾がら、ハウス脇の堆積籾がら等から胞子を捕捉したと発表した。この調査結果は、平成8年度稲作指導指針・岩手県13)(1996年2月)に登載されて、関係者に注意を喚起した。

その概要については次のように記載されている。

イ:近年の多発原因

1.葉いもちの早期多発の原因は取置き苗放置や「持込み」
ア)略
イ)育田施設内や周辺にある乾燥状態で保管された被害わらや籾殻から、育苗中に胞子が飛散し、田植え前の苗に感染するので、育田施設ではわらや籾を放置しない。野菜栽培や家畜敷き料等でわら・籾がらが周辺にある場合は、育苗期間中にいもち防除剤の茎葉散布(播種後2葉期ごろから7日毎に1~2回)を行い、苗への感染を防ぐ。としている(表6参照)。

このような育苗ハウスとわら、籾殻貯蔵の場所の関係は、育苗管理のうえから住宅周辺に設置されるケースが多いので、止を得ない面もある。防除は育苗期の薬剤散布が最も適切であると考える。

(2)残り苗の処分

全国的な傾向であるがいもち病の初発は、畦畔上に放置された箱育苗の残り苗や、水田内の隅に置かれた補植用苗で発見されることが多い。その原因はこれらの苗では長く密植状態にあるために苗葉上の水滴が乾きにくく、長時間の結露のため若干低温の時期でも胞子の侵入感染を許すためと考えられる。このような残り苗、補植用苗から定植された本田イネに伝染し、葉いもちの蔓延が始まった事例は多数にのぼる。前に述べた私の体験もその一例である。

このような放置した残り苗や補植苗は、本田の活着や欠株の補植が終り次第すみやかに処分するのは当然であるが、それについてもちょっとした工夫があれば、その処分の成果が挙がるので実行を勧めたい。

箱苗は箱から引き出された後も長く生存しているので、これをそのまま根部を下に、茎葉を上にして畦畔上に放置しても枯死しない。また、補植用苗を本田から取り出してそのまま放置しても結果は同じである。目的は葉身にいもち病斑を形成させないことと、形成しても胞子の飛散を妨げることであるから、引きあげた苗を逆さにし、根部を上に、茎葉(地上部)を下にすることが有効なのである。現場を巡回してみるとき、このことを励行しているのは意外と少ない。

また、これらの苗は穴を掘ってそれに埋め込むことが最良の方法であるが、現状では入手のかかる作業でもあるので実行が困難かも知れない。上述の作業は個人で行ってもあまり効果は出てこない。一集落単位か水田の団地単位で実施してはじめて有効であるから、協議のうえ日時を決めて一斉に実施することをすすめたい。

岩手県内のある農協では、農協営農指導員、普及員をはじめ関係機関、団体の協力を得て全域を巡回し、定められた時期までに補植用苗が水田から取り除かれているか否かを調査している。そのうえで未だ始末のしていない農家があればそれを指摘して、早急に除去するように指導している。

3)イネ科植物の伝染源としての重要性

日本植物病理学会報62巻3号(1996年6月)ではワイルドライス(アメリカマコモ)を栽培した東北大学付属農場(宮城県鳴子町)で、イネいもち病菌の感染で発病したことを報告している20)。ワイルドライス上の胞子をイネに接種した場合、新2号、愛知旭に発病した点からレースは〈003〉と判定されたと述べている。そのほかにヒロハノウシノケグサ,ネズミムギ,オオムギ,トウモロコシ,クサヨシでも葉上に病斑が形成され、分生胞子も形成されたと報じている。

ワイルドライス(アメリカマコモ)は近年の食生活の多様化で、副食として需要の増加が見込まれることから、転作水田跡地に有望な作物として注目されているという。今後イネいもち病との関連でその取扱いには充分な注意が必要である。

表6. 育苗ハウス周辺から採集した籾がら・わらからのいもち病胞子捕捉数(H7.S町、農試調査結果)

●参考文献

  • 4)深谷富夫ら 北日本病虫研報 47(1996)
  • 8)伊藤誠哉ら 北海道農事試報告 27(1931)
  • 13)岩手県 平成8年度、稲作指導指針(1996)
  • 15)三浦春夫ら 北日本病虫研報 26(1975)
  • 20)生井恒雄ら 日植病報62.247-253(1996)
  • 28)菅原寛夫 農薬相談、岩手辰試六華会(1949)
  • 29)鈴木穂積ら 北日本病虫研報 27(1976)
  • 30)武田真一 北日本病虫研報 47(1996)

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