いもちの素性を知る

第7章 いもち病の防除

4)薬剤耐性菌と防除上の問題点

(1)東北地方における薬剤耐性菌の発生

農業害虫で薬剤抵抗性が問題となったあと、植物病原菌の農業用殺菌剤に対する耐性が1970年以降に顕著化してきた。

いもち病に対して効果の高い薬剤が多数市販されている中で、耐性菌の出現で防除上問題となったのは抗生物質であるカスガマイシン剤が最初である。山形県庄内地方では同剤の散布が1966年から始められたが、この頃はいもち病に卓効を示していた。ところが1969年頃から効果の減退が認められ、とくに1971年にはその効果が激減したという。

これに続いて秋田県でも1978年にカスガマイシン剤(以下KSMと略記)耐性菌を確認、引続いて宮城県栗駒町ではlBP剤(キタジンP)の耐性菌を1979年に確認している。

宮城県ではこれら一連の耐性菌検出の研究の中から、EDDP(ヒノザン)、lPT(フジワン)の両剤も感受性の高い群と低い群の2群に類別されるとし、IBP中度耐性菌に対しては、この3薬剤は培地上の菌糸生育抑止力とイネ体上の防除効果の点から、交差耐性の関係にあることを確認している。

これらの経過に対して理解を深めるために、山形農試で三浦春夫氏が行ったKSM耐性菌に関する生態学的な研究16)と、深谷富夫氏ら1),2),3)(秋田農試)、長田茂氏ら、本蔵良三氏ら6),7),22),23),24),25)(宮城農セ)が行った研究業績の概要を紹介する。

三浦春夫氏の実施した概要は次の通りである。

  1. 1971年秋に庄内地方の激発地から採集したいもち病菌についてKSM感受性を検定したところ、激発地と庄内支場から採集した菌は感受性は低かった。これに対し農試本場などの3菌株は敏感な感受性を示した。
  2. 翌1972年秋、県内各地から採集した32菌株のうち、内陸地方の16菌株はすべて感受性、庄内地方から採集した16菌株は感受性8菌株、非感受性菌8菌株であった。
  3. 庄内地方から分離した4菌株を接種源としてKSM剤の防除効果をみると、防除価20~60と低く、有機リン剤、フサライド剤に比して劣った。苗代晩播による自然感染圃でもKSM剤の効果は低く、普通濃度では効果がなく、2倍濃度の500倍液散布でもその発病が無散布より僅かに少ない程度であり、庄内支場圃場での同剤の効果減退は顕著であった。
  4. KSM剤多用地域の罹病穂を接種源として防除効果をみると、庄内地方では効果減退のみられる地域と、みられない地域があった。内陸地方では減退地はなかった。この結果はKSM耐性菌の出現によるものと結論した。この耐菌性はブラストサイジンS剤(BcS)を除くいもち防除剤とは交差耐性を示さない。
  5. 耐性菌が出現、増加した理由は、庄内地方のKSM剤使用回数が他地域よりも多いことに起因すると推定した。
  6. 効果減退地では1972年の穂いもち防除からKSM剤の使用を停止した。その後の同剤の防除効果をみると、停止の翌年には効果は急激に回復し、停止3年後にほぼ完全に効果回復が認められる。
  7. キタジンP乳剤、ラブサイド水和剤、カスラブサイド水和剤を使用して耐性菌の動向を防除効果で検討した。キタジンP乳剤、ラブサイド水和剤を使用するとKSM剤の防除効果は回復するが、カスラブサイド水和剤では回復はみられるものの程度は低い。
  8. 効果減退地域でKSM剤使用停止後の耐性菌分布推移をみると、耐性菌検出率は防除効果と同様に急激に減少した。4年目8%程度に減少、5年目には検出されなかったし、他剤との組合せでKSM剤を1回使用しても耐性菌検出率は増加しない。
  9. KSM剤の効果のみられる地域で、いもち激発条件下で同剤を3回以上連用したとき耐性菌が高頻度に検出された。
  10. KSM剤を年に1~2回、他剤を2~3回使用している本田では耐性菌は検出されていない(最北支場)。
  11. 耐性菌が急増する原因は、KSM剤使用前から分布していた耐性菌と、突然変異で出現した耐性菌がKSM剤の多回数連続使用で淘汰をおこし、いもち多発がこれを助長したためと推察した。
  12. 耐性菌検出法として阻止円法、菌叢生育法、同変法、幼苗法、薬液浸漬法、組織分離法で検討したが阻止円法と菌叢生育法で検定できる。簡易検定では菌叢生育変法と組織分離法が利用できる。
  13. 同一病斑からは耐性菌か感受性菌のいずれかのみ検出され、両者が検出されることはなかった。
  14. 菌の生態ではとくに両者に顕著な差異はみられない。越冬量でも差異はみられなかった。
  15. 耐性菌を経代培養すると長期間(3年10ヵ月)耐性を持続するが、中には28~32℃・31日間培養で耐性が消失するもの、イネ病斑上で最高気温28℃以上に遭遇すると13日以上で消失する菌株がみられたが、26℃以下では消失しない。
  16. KSM剤使用停止後の同剤耐性菌密度低下の要因の一つには、耐性消失にあると推論した。
  17. 耐性菌対策として次の対応が必要である。
    1. KSM剤の効果減退が認められる場合は、同剤及びその混合剤使用は耐性菌分布率10%以下に達するまで停止する。
    2. 耐性菌分布が減少し、再度KSM剤を使用する場合は、同剤とその混合剤、ブラストサイジンS剤の連用は避け、他剤と組合わせて使用する。その場合は前者は2回以内、後者で3回以内とする。
    3. 耐性の認められない地域も連用を避け、化剤と組合わせた計画的な散布を実施する等々である。

なお前記5に述べた庄内地方の耐性菌出現の理由としたKSM多施用の実態は表10、11に示した。これによると耐性菌と判定され1972年までの前3か年(1969~1971)の使用量、散布回数が突出し、使用薬剤中のKSM剤の比率が90%を越え、その大部分がこれによって占められていたことが明らかである。

秋田県における概要は深谷富夫氏らの業績からまとめてみると以下のとおりである。

  1. 秋田県では1978年に48%のKSM耐性菌株率が認められ、1979年からその使用を規制した。その結果1981年には耐性菌株率が減少、1年間で前年の0.6~0.4倍になった。隣接市町村間では耐性菌株率やその減少速度に著しい差があったことから、その規制がよく守られていないことが推定されると述べている。
  2. 1978~1981年に由利地方がら穂いもち標本を採集してMlC(最低阻止濃度、ここではいもち菌の生育阻止に必要な最低濃度値をさす)値を検定した。その結果からKSMの他にIBP(キタジンP)耐性菌も検出した。検出率とKSM、BcS(ブラストサイジンS=ブラエス)、PTL(有機リン系殺菌剤)、lPT(イソプロチオラン=フジワン)使用量との間には相関関係が認められ、耐性菌の出現はこれら薬剤の多使用によると推定した。その後KSM、BcS,lBPの使用規制でKSM耐性菌率は低下したが、IBP耐性菌は減少しなかった。
  3. KSM耐性菌の簡易検定法を考案して、短期間に効率的な耐性菌検定を可能にした。イネ生葉煎汁培地にKSM原体を添加、その濃度100μg/mLの平面培地を作成、これに病斑上の分生胞子を塗抹接種、28℃20時間後の2次分枝発芽の存在によって耐性菌を判定しようとするものである(2次分枝法と呼ぶ)。
  4. IBP耐性菌の簡易検定法も考案して、検定の効率化に寄与した。

宮城県における業績は長田茂氏ら、本蔵良三氏らの報告があるのでその概略を紹介する。

  1. 宮城県栗駒町におけるIBPのいもち病防除効果の減退は耐性菌の出現によるものと判定した(1979年)。
  2. 幼苗接種試験におけるMIC値と防除価の関係では、MlC値が40~50ppmでは防除効果の低下はないが、60ppm以上では防除効果が期待できない。
  3. KSM耐性、lBP耐性およびKSM、IBP2剤耐性菌が分布する条件下でlBP粒(キタジンP粒)、プロベナゾール粒(オリゼメート粒)の穂いもち防除1回、葉いもち、穂いもち防除2回連続施用の防除効果と耐性菌分布率変動を検討した。葉、穂いもち防除に2回施用した試験ではKSM耐性菌率30%、IBP耐性菌率50%で多発生条件下であった。それではプロベナゾール粒は葉、穂いもち防除効果は高いが、lPT、lBP粒は劣った。IBP耐性菌率50%以上ではlPT、IBP各粒剤の防除効果は期待できない。耐性菌分布率の経時変動は、プロベナゾール粒は無施用区と同じで大差ないが、IBP、IPT各粒剤施用区はIBP耐性菌、KSM、lBP2剤耐性菌率が暫増する。
  4. KSM耐性、IBP耐性、KSM、lBP2剤耐性分布率と圃場抵抗性を異にするイネ品種栽培で、その分布率に変動がみられるか否かを調査したが品種間の差はみられなかった。また、施肥量によりいもち病抵抗力に差をもたせた同一品種の栽培においても同様の結果であった。
  5. 県内水田から採集したいもち病菌は、培地上の薬剤感受性の程度から、IBPは3群に、EDDP(ヒノザン)、lPTは高、低2群に類別される。lBP中度耐性菌に対して、これら3剤は交差耐性である。
  6. 山に囲まれた約200haの水田地帯でその16筆を選び、各水田毎の耐性菌検出率を調査したところ、全域ではほぼ均一な検出率であった。県内各地の前年、翌年の検出率も類似している地点が多い。耐性菌が出現してから年数を経た小地域ではその分布は概ね均一である等々であった。

以上述べてきたのが東北地方において、いもち病防除薬剤に対する耐性菌発生の経過と検討の概要である。主として秋田、山形、宮城3県で研究された業績を紹介した。

このような経過を背景に、農水省は発生予察事業の一環として、農薬耐性菌検定事業が1978年(昭和53年度)から実施されることになった。

具体的な対象菌は各県が問題となっているものの中から選択されたので、前記のいもち病耐性菌に限定されることはなかったわけである。例えば岩手農試ではばか苗病を主対象とした種子消毒剤として長く使用されたチュウラム・ベノミル剤(ベンレートT水和20、1974年岩手県防除基準採用)や、ベノミル剤(ベンレート水和、1972年同基準採用)で問題なく経過している中で、1980年以降にはか苗病の多発生があったから、ベノミル耐性菌検定に主力を注ぐことになったわけである。余談ながらはじめて岩手県内から菌を採集しようとした時、確実に「ベノミル耐性菌が採集出来るところはどこが?」が論議された。採集の効率化を図るための協議であったから、私のそれまでの観察や情報収集結果により、東磐井郡藤沢町を指名して採集に当たった、これによりベノミル耐性菌第1号を検出した経緯があった。

(2)耐性菌発生に対する対策

a. 発生を予防するための対策

これまでの知見では、同一薬剤の連用が耐性菌発生の原因とみられているところから、この事実を基本として対処するのが大切である。同一薬剤や同一作用機作を持つ薬剤の連用を避け、他剤との輪用を行うことが望ましい。また、随時耐性菌の発生を監視するための圃場の発病調査、栽培者や現場関係技術者からの情報収集などが必要である。

b. 発生後の対策

前述の秋田、山形、宮城各県農試成績からも明らかなように、先づ当該薬剤の使用を停止して他剤に切替えること、そのうえで密度の低下した段階で再使用を考えることである。密度低下後の再使用に当たっても、その前の連用を避けて他剤との輪用か、混合剤の使用を主とし、その再発生防止に心掛けるべきである。

表10. いもち病防除回数と防除薬剤中のカスガマイシン剤の比率

表11. 庄内地方のいもち病防除回数と防除薬剤中のカスガマイシン剤の比率

●参考文献

  • 1)深谷富夫ら 北日本病虫研報 33(1982)
  • 2)深谷冨夫ら 北日本病虫研報 34(1983)
  • 3)深谷富夫ら 北日本病虫研報 43(1992)
  • 6)本蔵良三ら 北日本病虫研報 36(1987)
  • 7)本蔵良三ら 北日本病虫研報 38(1987)
  • 16)三浦春夫 山形農試特別研究報告 14(1984)
  • 22)長田茂ら 北日本病虫研報 31(1980)
  • 23)長田茂ら 北日本病虫研報 32(1981)
  • 24)長田茂ら 北日本病虫研報 34(1983)
  • 25)長田茂ら 北日本病虫研報 34(1963)

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