水稲研究最前線

顕微鏡で見るイネいもち病の感染と防御機構

石川県立大学
古賀博則先生

3.いもち病菌は付着器よりイネ体内へ侵入する

いもち病菌は付着器をイネ体表面に形成し、侵入のための準備を完了しますと、イネ体内に侵入を開始します。葉身では特に機動細胞への侵入が頻繁に観察されます(図3-1)。これは、機動細胞の部位が窪んでいますので、胞子がこの部位にたまりやすいためと考えられます。以下、いもち病菌がイネ体に侵入していく過程を電子顕微鏡で詳細に観察した結果を述べたいと思います。

図3-1 いもち病菌が侵入しているイネ葉身の断面の光顕写真

いもち病菌を接種して48時間後のイネ葉身を、マイクロスライサーで60μmの厚さにスライスした切片で、いもち病菌の付着器(Ap)からイネ葉身の機動細胞(MC)内に侵入菌糸(IH)が伸展しているのが観察される。PC:葉肉細胞

(1)クチクラ貫穿

イネ体表面には表皮細胞があり、外界と接する部分は表皮細胞の細胞壁を覆っているクチクラ層(角皮層)です(図3-2)。クチクラ層には不飽和脂肪酸であるクチンが厚く沈着し、さらに脂質や非水溶性脂肪酸エステルであるワックス(蝋)が浸透しています。クチクラ層の役割は植物体からの水の発散、外部からの生物や物質の侵入、紫外線による傷害を防ぐことです。

イネの葉身ではワックスがクチクラ層の表面にしみ出てクチクラ外ワックスを形成します。しかし、穂ではワックスは見られません。いもち病菌の発芽管や付着器はワックスを溶解してしまいますので、付着器がイネ体表面と直接接触するのはクチクラ層ということになります(図3-2)。

いもち病菌は付着器底部の中央から侵入糸をイネ体に突き刺して侵入します。最初は付着器底部の中央がわずかに突出してきます。その部位では、クチクラ層が細胞壁側に押し潰されて壊れているのが電顕で観察されます(図3-3)。この後、クチクラ層はこの突起によって貫穿され、貫通された部位ではクチクラ層が細胞壁側に曲げられているのが観察されます(図3-7)。これらの写真から、クチクラが物理的な力で貫通されているのは間違いありません。クチクラ貫穿にクチン分解酵素が関与することが他の植物病原菌では報告されていますので、いもち病菌の場合にも分泌されている可能性があります。

この原形質の突出部には黒い(電子密度の高い)顆粒が必ずと言って良いほど観察されます(図3-3、図3-4)。おそらく、これらの顆粒は、そこからの原形質を突出させて侵入するように指示しているのではないでしょうか?

クチクラ貫穿の次のステップは、この突出部の、イネ細胞壁への侵入です。それに先だって、突出部前方に電子密度の濃い物質が見られます(図3-4、図3-5)。いもち病菌はセルラーゼ、キシラナーゼなどの細胞壁分解酵素を分泌することが知られています。これらのことから、いもち病菌はクチクラ貫穿の時期から、細胞壁を分解する酵素を分泌していることが推測されます。この突出部はクチクラ層を貫通後、侵入糸となって細胞壁の中に侵入していきます。

図3-2 表皮細胞上に形成された付着器

表皮細胞(EC)は細胞壁(HCW)に囲まれており、細胞壁はクチクラ層(Cu)に覆われている。このクチクラ層に付着器(Ap)は密着して形成される。Mu:粘質物、N:核

図3-3 イネ細胞に侵入を始めた付着器

付着器の底部中央から原形質膜(APM)が突出を始め、イネのクチクラ層が押し潰されているのが認められる。いもち病菌の細胞壁(ACW)は侵入部位にいくにつれて徐々に薄くなっている。また、突出部位には黒い(電子密度の高い)小さい粒(▲)が認められ、これらが侵入開始部位を指示しているかのように見える。

図3-4 イネ細胞に侵入を始めた付着器

付着器の底部中央から原形質膜(APM)が突出を始め、イネのクチクラ層が押し潰されているのが認められる。いもち病菌の細胞壁(ACW)は侵入部位にいくにつれて徐々に薄くなっている。また、突出部位には黒い(電子密度の高い)小さい粒(▲)が認められ、これらが侵入開始部位を指示しているかのように見える。

図3-5 イネ細胞に侵入を始めた付着器

付着器の底部中央から原形質膜(APM)が突出を始め、イネのクチクラ層が押し潰されているのが認められる。いもち病菌の細胞壁(ACW)は侵入部位にいくにつれて徐々に薄くなっている。また、突出部位には黒い(電子密度の高い)小さい粒(▲)が認められ、これらが侵入開始部位を指示しているかのように見える。

(2)細胞壁貫穿

このいもち病菌の原形質の突出部はクチクラ層を貫通してイネ表皮細胞の細胞壁に入り込んでいき、侵入糸となります(図3-6)。クチクラを貫通する時の侵入糸の直径は、約0.5 μmで、1mmの2千分の1ほどの大きさです。この侵入糸の周りにはいもち病菌の細胞壁がほとんど見られず、侵入糸の先端およびその周りでは、イネ体の細胞壁が黒く(電子密度が高く)なり、 細胞壁の構造であるミクロフィブリルの配列が乱されているのが観察されます(図3-7)。このことから、侵入部位には物理的な力の他に、イネ体の細胞壁を酵素的に分解する化学的な力がはたらいていると考えられます。前に侵入部位を約80kg/cm2(この力は800トン/m2 と同じですので、いかに大きいかが分かります)もの強い力で押していると書きましたが、物理的な力だけであれば、その部分は板塀を破いたように破壊的な様相が見られるはずです。しかし実際には侵入糸がとてもスムーズに周りを溶かしながら進んでいます。これは物理的な力と化学的な分解力がちょうど良い具合にはたらくためと考えられます。また、侵入糸はイネ細胞壁を分解し、分解したものを養分として吸収しながら、その空いたスペ-スに伸展していきます。

図3-6 イネ細胞壁を貫通中の侵入糸

付着器(Ap)からの侵入糸(PP)がイネ細胞壁(HCW)内を伸展させているのに対し、イネ表皮細胞(EC)内にパピラ(WA)がイネ細胞壁と原形質膜(HPM)の間に形成されているのが観察される。Cu:クチクラ層、M:ミトコンドリア、ML:メラニン層、Mu:粘質物、N:核

図3-7 図3-6の拡大図

イネ細胞壁を貫通中の侵入糸(PP)の細胞壁は認められず、その周りのイネの細胞壁は黒く(電子密度が高く)変性しているのが認められる。これは、いもち病菌から出される分解酵素が細胞壁と反応しているためと考えられる。また、クチクラ層(Cu)が内側に曲げられているのが観察される。これは、クチクラ層の貫穿時に物理的な力が加わったためと考えられる。さらに、イネ細胞内にはパピラ(WA)と呼ばれる沈積物が細胞壁と原形質の間にできているのが認められる。

(3)パピラ貫穿

一方、イネ細胞は侵入糸が表皮細胞の細胞壁を貫通中に,その細胞壁の内側にパピラやカルス(カロシテイ-)と呼ばれる沈積物を形成するのが観察されます(図3-7、図3-8)。しかし、パピラの形成は、クチクラ層の貫穿前には認められず(図3-3、3-4)、クチクラを貫通し、細胞壁を貫穿するようになってから観察されました(図3-7)。このことから、クチクラ層の貫穿が完了して、細胞壁の貫穿が始まると、パピラ形成が始まるものと推察されます。このことは、細胞壁の貫穿時に侵入糸からイネ細胞に何らかのシグナルが出ており、それに応答してパピラ形成が起きているものと考えられます。

図3-8 イネ細胞壁を貫通中の侵入糸

パピラ(WA)の周りには、多数の小胞が認められる。これらがパピラ形成に関わっているものと考えられる。

(4)表皮細胞への侵入菌糸の伸展

侵入糸はパピラを貫通後、表皮細胞の原形質内に伸展して、侵入菌糸となります(図3-9、図 3-10)。表皮細胞原形質内に伸展したいもち病菌は、表皮細胞が生きた状態だと菌糸を伸展させることができます。しかし、侵入初期に表皮細胞が死んでしまうと、そこでは菌糸伸展を阻害する様々な抵抗反応が起きて、菌糸は伸展を阻害されます。生きているイネ細胞内に伸展している侵入菌糸はイネの細胞質に包まれています(図3-9、図3-10)。これはイネ細胞に外敵と気づかれないように、いもち病菌があたかもイネの共生菌であるかのようにカモフラージュして、イネ細胞を欺いているように見えます。図3-11に付着器から表皮細胞内に侵入するまでの過程を模式的に図示しました。

図3-9 表皮細胞内に侵入した菌糸

イネ細胞壁を貫通した侵入糸(PP)はパピラ(WA)を貫通して、表皮細胞内で侵入菌糸(IH)となっているのが観察される。また、侵入を受けた表皮細胞は生きており、菌糸はイネの細胞質に囲まれているのが観察される。Ap:付着器、Cu:クチクラ層、EC:表皮細胞、HCW:イネ細胞壁、IH:侵入菌糸、Mu:粘質物、N:核、No:仁、PP:侵入糸、WA:パピラ

図3-10 イネ細胞壁を貫通し、表皮細胞内に侵入した菌糸

図3-9と同様に侵入を受けた表皮細胞(EC)は生きており、侵入菌糸(IH)はイネの細胞質に囲まれている。侵入糸(PP)の周りのイネのセルロース繊維が黒く変性しているのが認められる。

図3-11 いもち病菌の付着器からイネ表皮細胞への侵入過程の模式図

Ap:付着器、ACM:付着器細胞壁、APM:付着器原形質膜、Cu:クチクラ層、EC:表皮細胞、HCW:イネ細胞壁、HPM:イネ原形質膜、IH:侵入菌糸、Mu:粘質物、PP:侵入糸、T:液胞膜、WA:パピラ

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