水稲研究最前線

植物病原菌の薬剤耐性菌について考えよう

独立行政法人農業環境技術研究所
石井英夫先生

4.最近問題になっている耐性菌

わが国における耐性菌の歴史はもうかなり古いのですが、ここでは、ここ数年の間に新たに問題になった事例のうち、主なものをご紹介しましょう。これら以外にも、ベンゾイミダゾール系薬剤耐性菌などはまだ広く圃場に分布していますし、その他の薬剤についても耐性菌問題が起こっています(前回の表-1)。

1)イネいもち病菌のMBI-D剤耐性菌

はじめに、MBI-D剤についてご説明しましょう。いもち病菌はイネ体内に侵入する時に付着器と呼ばれる器官を作ります。それはメラニン色素で覆われていて、メラニンがないといもち病菌はイネに侵入できません。つまり、病気を起こすことが出来ないのです。そこで、菌のメラニン合成を妨げる薬剤として、還元酵素を阻害するMBI-R剤(トリシクラゾール、ピロキロンやフサライド)が開発され、とても長い間使われてきましたが、MBI-R剤にはこれまで圃場から耐性菌が見つかった例がありません。

そこで我々は、メラニン合成の阻害剤ならば、耐性菌に悩まされることはないだろうと安心していました。それはその後、MBI-R剤とは違うMBI-D剤(メラニン合成のための脱水酵素を阻害するカルプロパミド、ジクロシメット、フェノキサニル)という薬剤が開発された時も同様でした。

しかも、MBI-D剤はイネの育苗箱に処理したり、播種前に土壌混和したりすることで、イネの本田への移植後も長期間残効を保つことができたため、全国に広く普及しました。いもち病防除作業の省力化だけでなく、農薬による環境負荷の軽減にも大きく貢献したからです。

ところが2001年、ある地域で葉いもちの発生が目立つ中、カルプロパミドに対する耐性菌が見つかって大きな問題になりました。そして、耐性菌の分布や被害の程度に地域間で大きな違いはあるものの、これまでに九州から東北にいたる合計34の府県でMBI-D剤耐性菌が検出されています。

MBI-D剤耐性菌が広範囲に見つかった地域では、当然この系統の薬剤は使用が中止されているでしょう。その結果、耐性菌が検出される割合が低下してきています。ただ、多くの場合、MBI-D剤をまた以前のように使うことには不安が残るようです。再使用によって、また耐性菌の比率や量が高くなる恐れがあるからです。

2)ストロビルリン系薬剤に対する耐性菌

作物の病原菌のうち、べと病菌のような「卵菌」、いもち病菌やうどんこ病菌のような「子のう菌」、さび病菌のような「担子菌」、さらにはアルタナリア属菌のような「不完全菌」にいたるまで、幅広い抗菌活性をもつものにストロビルリン系薬剤があります。クレソキシムメチルやアゾキシストロビンをはじめとして、国内でも10種類近くが農薬として登録されています。

菌の細胞にはミトコンドリアという呼吸をつかさどる小器官があるのですが、ストロビルリン系薬剤はそこにある「複合体Ⅲ」というたんぱく質に結合して、その働きを阻害します。この作用のしくみから、この系統の薬剤をQoI剤とよぶこともあります。

ストロビルリン系薬剤は本来多くの病害に卓越した防除効果を示しますが、圃場にいる病原菌の集団から耐性菌を選び出す作用も強く、残念なことに耐性菌問題が多発しています。世界各国でこれまでにおよそ40種類の病原菌で耐性菌が報告されていますし、わが国でもすでに多くの例があります(前回の表-1)。

ストロビルリン系薬剤が使われ出して間もない1999年、キュウリうどんこ病やべと病で、この系統の薬剤が防除効果を失う事態が起こりました。そして、試験の結果、耐性菌の出現(正しくは顕在化というべきですが)とその蔓延が確認されました(図-3)。運悪く、これらの病原菌は、胞子が遠くまで運ばれることが知られていますから、農家にとって対岸の火事では済みません。自分のビニルハウスや露地圃場ではストロビルリン系薬剤を使っていなくても、耐性菌がどこからともなく舞い込んで拡がることもあるのです。

その後も、ストロビルリン系薬剤耐性菌はいろいろな病原菌で増え続けています。そして、今一番心配されているのが、イネいもち病菌です。かつてカスガマイシンや有機りん系薬剤に耐性菌問題が起こったものの、それ以降はすっかり鳴りを潜めていた耐性菌が、MBI-D剤で再燃したばかりです。また、そのMBI-D剤同様、育苗箱に処理できる長期残効型のストロビルリン系薬剤(オリサストロビン)が登場したのですから、なおさらです。アメリカではゴルフ場の芝で、いもち病菌のストロビルリン系薬剤耐性菌が問題になっているそうです。

それでも今のところイネいもち病菌では、はっきりしたストロビルリン系薬剤耐性菌は圃場からは見つかっていません。これが関係者の取り越し苦労に終わることを願うばかりです。

うどんこ病菌

べと病菌

図-3 キュウリうどんこ病菌及びべと病菌のストロビルリン系薬剤耐性菌(石井原図)

アゾキシストロビン100ppm(実用濃度)を散布しても、蒸留水散布の場合と同様に病気が激しく発生して、この薬剤の効果がみられない。

3)ステロール脱メチル化阻害剤に対する耐性菌

植物の病気を引き起こす糸状菌(かび)の細胞膜にはステロールという脂質が含まれ、その合成に必要な脱メチル化と呼ばれる反応が阻害されると、菌は正常なステロールを作れなくなって、やがて死滅します。そのような作用をするステロール脱メチル化阻害剤(DMI剤ともいいます)が10種類以上もあって、世界の農業用殺菌剤でもっとも大きな市場規模を占めています。ちなみに、2番目はストロビルリン系薬剤です。
DMI剤はわが国では1980年代の半ば頃から広く使われ出したのですが、その当時すでに海外では、ムギのうどんこ病やウリ類のうどんこ病などでDMI剤耐性菌が問題となっていました。そこで、国内のとくにリンゴなどではDMI剤の使用回数を厳しく制限して、耐性菌の問題が起こるのを回避してきました。
一方、ウリ類のうどんこ病では、トリアジメホンのような初期のDMI剤で耐性菌による効力低下が起こっていました。それでも、トリフルミゾ-ルは特効薬として優れた効果を発揮してきました。しかし、そのトリフルミゾ-ルも最近、ウリ類うどんこ病に対する防除効果が低下してきています。
図-2をもう一度ご覧ください。ストロビルリン系薬剤に対する耐性菌が、ほとんど何の前触れもなく突然降って湧いたように問題を起こすことが多い(前回の図-2(a))のに対して、DMI剤の場合は通常、菌の感受性がじわりじわりとゆっくり低下していきます(前回の図-2(b))。ですから、農家の方が「何か以前より少し効果が鈍くなったなあ」と感じることはあっても、耐性菌の存在に気づかないことも少なくないと思います。
近年問題になってきた、ナシ黒星病菌のDMI剤耐性菌の場合も同様です(図-4)。ジフェノコナゾールとならび、ナシ黒星病にもっとも高い効果を示してきたヘキサコナゾールなどのDMI剤の効き目が、いくつかの地域では落ちてきています。ですから、特効薬ジフェノコナゾールの使い方にもこれからは十分な注意が必要です。

感受性菌

耐性菌

図-4 DMI剤フェナリモルのナシ黒星病菌に対する発病抑制効果(石井原図)

フェナリモル30 ppm(実用濃度)の散布は感受性菌の発病を強く抑制するが、耐性菌にはほとんど抑制効果がない。

4)電子伝達系複合体Ⅱ阻害剤に対する耐性菌

この系統の薬剤もストロビルリン系薬剤と同じように菌の呼吸を阻害するのですが、ストロビルリン系薬剤とは作用する場所が異なります。複合体Ⅱつまりコハク酸脱水素酵素というたんぱく質を阻害するのです。以前のものとは異なる防除スペクトラムを持つ、ボスカリドのような新しい薬剤が登場しています。

ところが、新たに開発された複合体Ⅱ阻害剤はストロビルリン系薬剤に負けず劣らず、どうやら耐性菌の発達を招きやすいということが最近分かってきました。海外では果樹のアルタナリア病害、ウリ類のうどんこ病などですでに耐性菌が報告されていますし、国内でもキュウリ褐斑病でやはり耐性菌が問題になってきました。作用機構の異なるストロビルリン系薬剤と複合体Ⅱ阻害剤の両方に複合耐性を示す菌が見つかることも珍しくありません。

この両薬剤のように、新しく開発され、普及して間もないのに耐性菌が拡がってしまうと、高い防除効果を期待して薬剤を購入、使用する農家の期待を大きく裏切ることになります。農業改良普及センターやJA農協などの防除指導をする立場の人も、代わるべき防除手段がない場合は困ります。そして、その薬剤の販売量の減少が関連メーカー等にとって大きな痛手になることはいうまでもありません。

そこで次回は、耐性菌による被害の発生を抑えるために何をすればよいのか、対策について考えてみましょう。どうぞ引き続きご覧ください。

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