水稲研究最前線

植物病原菌の薬剤耐性菌について考えよう

独立行政法人農業環境技術研究所
石井英夫先生

5.耐性菌による被害の発生を抑えるための対策

日本の農薬市場は右肩下がり、つまり年次変動はあるものの出荷量や出荷金額が次第に減少傾向にあります。また、環境団体の影響力が強いEU(欧州連合)での農薬規制の動きを見ていると、わが国でも使える化学農薬が今後さらに減っていく可能性が高いと思います。その結果、むしろ今まで以上に耐性菌の出現が懸念されます。そこで、これまで新規薬剤の多くが次々と耐性菌の出現に悩まされてきた事実と経験を踏まえて、耐性菌対策を考えてみましょう。

1)薬剤のグループを理解しておく

イネでは前回ご紹介したように、MBI-D剤でいもち病菌の耐性菌問題が起こりましたが、もう一方のメラニン合成阻害剤であるMBI-R剤では、圃場から耐性菌はまだ見つかっていません。外国の実験室の中で見つかっているだけです。

また、もう30年以上も使用されているプロベナゾールでも、耐性菌問題は全く起こっていません。この薬剤は「殺菌剤」に区分されてはいますが、実は病原菌を直接殺すのではなく、植物の免疫機能を高めてイネなどを病原菌から守るものです。そして、その防除効果にはいろいろな仕組みが関係していますので、ホームランを量産するスター選手はいなくても一人ひとりのチームプレイで勝ち進んでいく、そんな野球チームにたとえることもできるでしょう。何かの原因で1つの仕組みが働かなくなっても、ほかの仕組みでしっかり植物をガード出来ることが、耐性菌の心配が少ない理由でしょう。

このような「抵抗性誘導剤」としてイネでは、プロベナゾールのほかにチアジニルも市販されていますし、イソチアニルもやがて上市されるでしょう。でも、耐性菌の出現が頻発している野菜や果樹の病害では、使える「抵抗性誘導剤」が残念ながらまだほとんどありません。農薬メーカーには、何とか頑張って登録を取っていただきたいものです。

ところで、どうして薬剤のグループを理解しておく必要があるのでしょうか?もう一つ例を挙げて説明しましょう。ベンゾイミダゾール系薬剤としてよく知られる、ベノミルとチオファネートメチルという殺菌剤があります。これらは別々の顔をした薬剤ですが、作物に散布したりするとカルベンダジム(MBC)という化合物に変化し、これこそが殺菌性を示す本体なのです。そして、ベノミルに耐性になった菌はチオファネートメチルにも耐性です。古くから常識であるはずのこんなことが、案外農家には(時には技術指導者にも)知れ渡っていません。

2)ローテーション散布の過信は禁物

各県や農協等で作っておられる病害虫防除指針や防除暦などには、決まって薬剤のローテーション散布の励行が書かれていますが、これは過去の反省にもよるものです。かつて果樹や野菜の多くの作物でベンゾイミダゾール系薬剤耐性菌が問題になった頃(今も問題は解消していませんが)、農家がこれらの薬剤を連用することは珍しくありませんでした。ある薬剤が効くと分かれば何度でも繰り返して使う、まだそんな時代だったのです。

今日では、同じ系統の薬剤を連続して使うことはあまり多くはありません。ナシやリンゴでは長い間、開花前と落花後にそれぞれDMI剤を単剤で連続散布してきましたが、これにも変化がみられます。黒星病でDMI剤耐性菌が問題になってきたナシでは、イミノクタジンアルベシル酸塩のような耐性菌の心配の少ない、他の系統の薬剤と現地で混用したりもします。仮にDMI剤に対する耐性菌がいても、もう一方の薬剤で防除が期待できるからです。

ただ、薬剤の現地混用にしても混合剤の使用にしても、有効成分の数が増えることになりますので、減農薬栽培との両立が難しいこともあります。さらに、他系統の薬剤との混用やローテーション散布は耐性菌対策として有効ですが、連用より無難というだけの場合も少なくありません。薬剤を使用することによって、どのように耐性菌が増えてくるかは、前々回の図-2でご説明しましたが、今度は図-5をご覧ください。

耐性菌を選び出す性質が強い薬剤(図-5のX系統)を連用すると、圃場にいる病原菌群から感受性菌がアッという間に淘汰されて、耐性菌だらけになります。これに対して、X系統を使ったあとはY系統、Z系統...そしてまたX系統というふうにローテーション散布すると、それだけX系統に対する耐性菌が増える心配は少なくなります。それでも、これが2年3年と続けば、次第にこの耐性菌は増えていきます。なぜなら、Y系統やZ系統の薬剤を間に挟んでも、X系統の薬剤に対する耐性菌を一部取りこぼしてしまい、これらを根絶することは多くの場合出来ません。結局のところ、ローテーション散布は耐性菌が増えて拡がるのを遅らせることは出来ても、これを完璧に防止するものではないのです。

図-5 薬剤の連用とローテーション使用(他系統薬剤との)による耐性菌発達スピードのちがい

3)予防的な使用が望ましいが...

作物の栽培初期ならば、普通はそんなに病原菌は多くありません。そこで、この時期に薬剤を予防散布して、出鼻をくじくのが本当はいいのです。でも、とにかく農薬の使用回数を減らしたい。それが農家の本音です。このため、野菜などでは病気がかなり出てしまってから、言い換えると病原菌が増えてしまってから薬剤散布を始めることもよくあります。

でもこれは、耐性菌がより選抜されやすくなって、結果的に防除の失敗を招く恐れがあります。同じ散布回数でも、その薬剤をどの時期に撒くか、それによって効果もそして耐性菌への影響も大きく違うのです。結果論かもしれませんが、近年驚くほどの速さで耐性菌が全国に分布するようになったイチゴ炭疽病菌のストロビルリン系薬剤耐性菌、キュウリ褐斑病菌のボスカリド耐性菌などでは、栽培後期の発病の多い時期にこれらの薬剤が使用された例が目に付きます。

薬剤の予防的な使用の典型的なものが、イネの場合の種子消毒や播種時あるいは移植前の薬剤処理でしょう。もっとも時には、育苗中に発病していることもありますが。

4)いもち病防除剤の使用ガイドライン

いもち病菌のMBI-D剤耐性菌問題も少し落ち着いてきました。ストロビルリン系薬剤耐性菌は今のところ未確認ですが、まだ油断は禁物です。これに関連して、J-FRAC(耐性菌対策を考える農薬メーカーの集まり)や日本植物病理学会傘下の殺菌剤耐性菌研究会が、ガイドラインを公表しています。後者のガイドラインを一部紹介しましょう。

カルプロパミド(MBI-D剤)やオリサストロビン(ストロビルリン系薬剤)のような長期残効型の薬剤は、イネの生育期間中も防除効果が長く持続する反面、耐性菌を選び出してしまう高いリスクを負っています。そこで、これらの薬剤の使用は最大でも年1回とします。それ以外に薬剤防除が必要な場合は、系統の異なるものを使います。

また、MBI-D剤やストロビルリン系薬剤を育苗箱に施用する場合には、2年または3年ごとのローテーション使用とします。その地域でもしMBI-D剤耐性菌が問題になっている場合は、当然この系統の薬剤は使用を差し控えます。

ただ、この箱剤のローテーション使用は、薬剤の計画的な生産や流通の妨げになるとして、現場ではあまり評判がよくありません。そして都合の悪いことに、公的機関や農薬メーカーなどの検定で耐性菌が見つかっても、もう翌年の農薬の注文が終わっていて、代替薬剤への切り替えなどの適切な対応が間に合わないこともあります。その結果、1年目はごく僅かしか耐性菌が検出されなかったのに、2年目には耐性菌があっという間に拡がってしまった...そんなケースもよくみられます。せっかくの努力が実を結ぶように、農薬の予約注文の時期について、見直す必要があります。

ガイドラインから、もう1つ紹介しましょう。いもち病菌の耐性菌対策として、イネの種子更新(自家採種をしないで、購入種子を使用する)が勧められています。ところが、MBI-D剤耐性菌が購入種子によってほかの地域に持ち込まれたような例もあります。ですから、採種圃場で耐性菌リスクの高いMBI-D剤やストロビルリン系薬剤を使わないのはもちろんですが、本当はその周辺の一般圃場も含めて、広域一斉防除をしていただくのが理想です。いもち病菌は種子伝染だけでなく、空気伝染もしますので。

5)防除手段の多様性を高めよう

究極の耐性菌対策は結局のところ、防除薬剤の使用を減らしても農産物の収量や品質が十分確保できるような、考えられる手段を総動員して防除体系を組み立てることです。まさに、IPM(総合的病害虫管理)の考え方ともよく合致します。中途半端な減農薬では、かえって耐性菌問題が多発する恐れがあることは初めに述べたとおりです。お互い思い切った発想の転換をして、早急な防除技術の開発と普及を図ることが重要です。

防除の基本に立ち返ることも大切です。もはや「薬さえ撒いておけば」という時代ではありませんし、そのような時代は多分もう来ないでしょう。イネの場合、伝染源となりうる稲わらや籾殻を、圃場の周辺や育苗施設などから広域にわたって除去することで、葉いもちの発生を抑え、結果的に穂いもちの防除が削減できたという実証試験例もあります。

農薬は戦後長い間、農業生産にとても大きな役割を果たして来ました。病害虫の専門家が数年かけて行った試験でも、農薬なしでは農産物の収量や品質が大きく損なわれることが証明済みです。そのデータは、多くのテキストなどにも紹介されています。ただ、そこには「現在の栽培様式を維持した場合には」という、1つの大きな前提があることも忘れてはなりません。栽培様式の変更が将来いや応なく、強く求められるようになると思うからです。

これまで3回にわたって、薬剤耐性菌について述べてきました。まだまだ書き足りないこともありますが、多少なりとも皆様のご参考になれば幸いです。最後までお付き合いくだいまして、大変有難うございました。

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